i -新聞記者ドキュメント-

森達也、2019。東京新聞の社会部記者、望月衣塑子を追ったドキュメンタリー。望月のエネルギーには恐れ入るのだが、ちょっと追っかけドキュメンタリーに傾倒してしまっていて、本来あってほしいと願っていた森達也独特の視点というのはあまり感じられなかった。森が官邸に入れないという一連のくだりは面白味に欠けた。ファンタジー好きなのは相変わらずでアニメまで登場する。そしてアニメのような現実世界が描き出される。望月と菅とのバトルなんかは見どころのひとつなのだがは既視感があった。この国にほとんど絶望している人間としては、森にしても望月にしてもこういう人がいてくれないと困ってしまうなあと思った。90点。

13th -憲法修正第13条-

エバ・デュバーネイ、2016。Netflix映画。BLMを知るたの映画としては最適なのではないかと思う。時系列に沿って黒人差別の歴史が説明されていくのだが、例えば公民権運動なんかはほとんど扱わない。現代までずっと形を変えて生き続ける奴隷制度とそのシステムがどうやって成り立っていくのかということが克明に記録されている。特に近年の状況は知らないことも多く大変興味深かった。過去と現在の映像に類似性をもたせたりしているのだが、ちょっとここまで過去と現在が類似してしまっている、つまり近しい状態にあるというのはショッキングだった。95点。

荒野の用心棒

セルジオ・レオーネ、1964。黒澤明の『用心棒』をごっそり引用したパクリ映画。黒澤明とセルジオ・レオーネの演出のちがいなど、見るべきところはたくさんあったのだが、所詮は娯楽活劇というわけで、普通に楽しみながら見てしまった。マカロニウエスタンを見たのは数十年ぶりなのだが、アメリカとメキシコとイタリアがごちゃまぜになっていてフォークロア的なジャンルだなあと思った。『用心棒』と比べると、ユーモアは欠けるが迫力はすごい。悪役ジャン・マリア・ヴォロンテの迫力、爆薬や銃撃戦の迫力などは、この映画のほうが楽しめる。イーストウッドも一匹狼らしさがとても出ていて三船に劣らぬ存在感があった。『用心棒』と比較してしまうと品質はやや落ちると思うのだが、娯楽作品としてどちらもおもしろい。95点。

用心棒

黒澤明、1961。痛快娯楽作品。登場人物のキャラ立ちもいい。もちろん三船はすばらしいのだが、東野英治郎がよかった。いつもはうるさい演技に辟易することもある遠野だが、この映画では素晴らしい助演をしていた。あとは仲代達矢と加東大介の凸凹兄弟も素晴らしかった。内容は西部劇さながらの時代劇で、宮川一夫のカメラは本当にいいし、佐藤勝の音楽もいい。全体的にかなりハイクオリティな作品なのだが、序盤と終盤の完成度の高さが決め手となっているような気がした。脚本はあまり凝ったところはないのだが、流れがよくて飽きることがなかった。ちょうといい尺の長さも影響していると思う。95点。

昼下りの決斗

サム・ペキンパー、1962。ペキンパーの出世作にして『ワイルド・バンチ』などと並ぶ代表作のひとつ。カメラ演出がちょっと無駄にやりすぎな印象もあるのだが、銃撃戦などはさすがのペキンパーという感じ。そこに脇役だがウォーレン・オーツが出てくると画になるというか銃撃戦の緊張感が高まる。ランドルフ・スコットとジョエル・マックリーもマリエット・ハートレイもジェームズ・ドルーリーもなんだかロン・スターを輝かせるために存在しているような脚本になっている。さすがにラストは老練な二大看板にゆずるのだが、ロン・スターはいい役回りを演じていた。紅一点マリエット・ハートレイはもともと女性らしい役柄ではないのだが、それを敢えて演出せずに描いていて好感が持てた。95点。

周遊する蒸気船

ジョン・フォード、1935。南部の船のナンセンスコメディ。トーキーなのだが、サイレント映画の傑作のような素晴らしい出来栄え。とにかく画面に満ち溢れるエネルギーの高さ。あらゆるいいかげんさと、優しさに恋をしてしまうような映画だった。主演のウィル・ロジャースとアン・シャーリーはどちらも素晴らしいが、アン・シャーリーの可愛らしさは演出力の賜物でもあると思う。好きなシーンはウィル・ロジャースがアン・シャーリーに服をあげるところや、それを着て歩くところ、操舵室でのふたりのアンタッチャブルな空間などなど。現代でも十分通用するアン・シャーリー美貌も忘れられない。とにかくエキストラも多いし人間の作り出すグルーヴやエネルギーみたいなものがジョン・フォードの手によって見事に結実している。本当に楽しい喜劇。100点。

博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか

スタンリー・キューブリック、1964。ブリティッシュなブラックユーモアについていけず。しかし一人三役のピーター・セラーズ劇場としては申し分なし。やはり特にドクター・ストレンジラヴは強烈だったし、彼からラストへと流れるところなんかはすごくかっこいい編集だと思った。セリフが多いんだけどこれくらいだと普通の日本人でだいたい読めるのだろうか。自分には多すぎて途中で読むのをやめてしまった。もしもう一度見る機会があれば吹替版で見たいところ。女性がほぼ皆無のなか、一人だけ愛人役みたいなのが出ていたシーンがすごく印象に残っている。90点。

裁かるるジャンヌ

カール・テオドア・ドライヤー、1928。この映画は、本来のリアリティを獲得するために、映画的なリアリティを排除して作られている。ジャンヌに対する接写の連発。ローアングルからの登場人物のパンの連発。そしてときおり見せる空間認知を惑わせる反転ショット。ロングショットはめったにないし、シーンの説明ショットもない。ショットとショットの時間的物質的なつながりもない。特に特異な撮影方法は映画空間を抽象化することで、映画が本来持っているリアリティを圧し殺すことに成功している。そしてジャンヌ。サイレント映画はときとして、登場人物が遠くに感じられることが多いのだが、ジャンヌはべらぼうに近い。映画というのはリアリティを生じさせるのが難しい媒体だと思うのだが、この映画は映画の枠組みを抽象化したり解体することで、ジャンヌはかなりのリアリティを獲得している。なにせドライヤーだから何度も見なければわからない部分が多いのだが、久しぶりにパンチのある映画に出くわした。100点。

早春

イエジー・スコリモフスキ、1970。まず、東欧の映画によく見られるような、赤や緑や黄色を配色したポップな映像が目を引く。中でもやはりジェーン・アッシャーの黄色のレインコート。このレインコートで映画の色は決定的になったと思う。映像はすごくむき出しで猥雑で荒々しい。落ち着いたショットなんて前半はほとんど皆無と言ってもいい。そのゴリゴリとした感触もこの映画の大きな特徴だと思う。記憶に残るシーンが多く、そのインパクトは計り知れない。カンの音楽も非常に効果的。ちなみに資本はアメリカと西ドイツ、撮影は主にミュンヘンらしい。95点。

情婦

ビリー・ワイルダー、1957。アガサ・クリスティ原作。芝居の流れが非常に早く手際がよい。当然セリフも早くなってまったく字幕には追いつけなかったけれど、看護婦とチャールズ・ロートンが織りなす喜劇が最高にキレッキレで面白すぎた。この映画は最後に大どんでん返しがあるのだが、それも納得の出来て、マレーネ・ディートリッヒもラストがあるからこそ輝いていた。久しぶりに2時間があっという間に過ぎてしまう映画を見た。ちゃんと要所ではブリティッシュイングリッシュが響いていたし英国らしさもあったのがうれしかった。95点。