ボルベール <帰郷>

ペドロ・アルモドバル、2006。冒頭、墓を掃除する女たちが登場する。東風が強く吹いており、ドリーするカメラがそれらを映していく。この映画は導入部で近親相姦絡みの殺人事件モノというイメージを鮮烈に見せつけておきながら、一旦それを保留する。その保留のさせ方が見事だ。幽霊モノのようなユーモラスさのある展開を見せたり、末期がんの友人の物語があったり、死体置き場のレストラン営業ではペネロペの魅力やアルモドバルらしい色使いが満載だったりする。物語の幹の部分であるはずの殺人事件は、実際に幹の部分にはなるのだが、枝葉となる物語がそれぞれ幹のようにぶっといのだ。それらが絡み合いながら物語は進んでいくのだが、冒頭の掃除する女たちや東風やカメラワークが示す通り、映画は女たちの動的な魅力に満ち溢れたものになっている。男であれば頭を抱え、身動きが取れなくなりそうなところ、女たちは動きまくる。移動に次ぐ移動が映画に活力を与え、絶品の演技を見せるペネロペが加速度的に映画に動的な魅力をもたらしていく。そして終盤になり平行して描かれていた母と子の物語が、複雑な類似性を見せることになる。こうしたことが、ただ会話のみによって語られていることは注目に値する。フラッシュバックもなければ、秘密の話を盗み聞きするようなスリリングな演出もない。だからこそレストランで歌うペネロペは鮮烈に記憶され、ラストの台詞もこころに響くのだろう。100点。

リマスター:サム・クック

ケリー・ドゥエイン・デ・ラ・ヴェガ、2019。Netflix映画。サム・クックの生涯が、当時の彼を知る人たちのインタビューを中心に、当時の写真や映像、それに本人のインタビュー音声を交えながら語られていく。サム・クックが内面を吐露する映像などはなく、映画も彼の人間性や芸術性に迫るというよりは、時代の激流のなかにいるサム・クックの生き方を描くことで浮かび上がってくる彼の姿をとらえようとしているように見える。時代の激流とは、人種差別であり、公民権運動であり、黒人のパブリックイメージを押し付けるレコード業界だったりする。それにしても、あのやさしい歌声からは想像もつかないほど強い精神を持って戦っていたであろうサム・クックには感銘を受けた。その姿勢が幸か不幸か公民権運動という激流のメインアクトのひとりとみなされてしまう。本人はひるむ様子もないのだが、レコード会社からは都合の悪い黒人とみなされてしまう。で、独立して自らが社長を務める会社を立ち上げるも、そこにあらわれるのが悪名高きアラン・クレイン。そして疑惑の射殺事件が起こる。しかし事件はLAではよくある黒人の射殺事件として片付けられる。彼が歌うようにアメリカに、黒人に、変化のときは訪れたのだろうか。事件の陰謀論に新展開を期待していたからそこは残念。90点。

マッキントッシュの男

ジョン・ヒューストン、1973。この映画、主人公のポール・ニューマンが何者なのか、イマイチわからない。英国の諜報部員ということなると思うのだが、それを強調するシーンは登場しない。このイマイチわからない登場人物というのが、この映画にはたくさん登場する。もちろんスパイアクション映画なのだから謎は大いに歓迎するのだが、わかりにくい脚本の結果としての謎の人物と、キャラクタライズされた謎の人物が、結構曖昧になってしまっていてかなり混乱した。そんな謎だらけの映画なのだが、意外なほどおもしろかった。息つく暇を与えないタイトな演出は素晴らしかったし、特にシーン割は鮮やかだった。混沌とした映画のなか、その中心軸となるポール・ニューマンとドミニク・サンダがブレていなかったことで、見ているほうもブレずにいられた。ロバート・ゼメキスの『マリアンヌ』は、この映画を下敷きにしていると思う。いくつかある共通点のなかでは、ドミニク・サンダとマリオン・コティヤールに見られる銃撃のかっこよさがあって、両者ともこころの内に抱えるものがあるのだが、それよりも女が銃をぶっ放す演出のかっこよさにしびれた。冷戦の影響もあり60年代以降スパイアクション映画はかなり量産されている。この映画はそんな大量の作品群に埋もれてしまうような映画なのかもしれない。でもそれにしちゃあおもしろすぎると思う。90点。

サスペリア

ダリオ・アルジェント、1977。ドイツのバレエ名門校に入学したアメリカ娘ジェシカ・ハーパーを襲う恐怖を描いたホラー映画。冒頭の空港到着の演出はキレがあって素晴らしい。ありえない赤色の使い方、カットで音も一緒にカットして切り返したり、突然ディテール描写をしたり、扉の外の嵐も効果的だ。そしてバレエ学校に到着したあとの最初の殺人へといたるくだり。それを見るジェシカ・ハーパー。これが序盤で、その後は中だるみがあるとはいえ、アルジェントに中だるみはつきもののような気もする。あとホラーなのに牧歌的なところとか。そんな中カメラはおもしろいことをやっている。ヒッチコック的な最大から最小へのショットの切り替えや、ありえないカメラポジションやアングルショットが数多く見られる。そしてなんといってもこの映画は照明と音の映画といえるだろう。照明は光源なんてお構いなしに赤や緑で画面に映るものを照らしまくる。そして音は盲目のピアニストが象徴するように見えないものとして効果的に使われている。校長のいびきのくだりあたりから、現実の音と効果音の区別が曖昧になってくるのもおもしろい。終盤はジェシカ・ハーパーが部屋を横切るときの奇妙なパンや、それまで目立たなかった黄色の強調も効果的だった。カメラは基本的にはジェシカ・ハーパーに寄り添うのだが、例外的に殺される奴にはついていく、というのが微笑ましかった。95点。

ブリングリング

ソフィア・コッポラ、2013。二回目。実際にハリウッドで起きたティーンエイジャーによるセレブ宅の窃盗事件を題材としている。そして映画はセレブの味方も窃盗団の味方もしない。ただ表層的に物事が語られていく構成だからこそ、醜悪な世界は美しいブランド品や美女たちに囲まれていても、それはそれとして美しく見えてしまう。ソフィア・コッポラ独特のブロンド美女の美的な撮り方は相変わらずだし、それをトラッキングするハリス・サヴィデスの見事なトラッキング撮影は空虚な少女たちに浮遊感を与え、その浮遊感は映画の主題である表層や虚構といったものと確実にリンクしている。音楽の使い方も素晴らしい。バウンシーなヒット曲を軽々しく大胆に使い、OPNによるオリジナルスコアが章立てるように映画を組み立てている。ハリス・サヴィデスは、これが遺作だからどうしても思い入れ深く見てしまった。特に移動ショットはいつものことながら素晴らしい。オープニングショットの次の移動ショットからすでに華麗だ。多用されるトラックバックも美しい。この映画はセレブの虚構性を三流高校生にまで落とし込み、メディアも家族も巻き込んでいる。だから虚構性の薄い裁判劇などはあっさりと省略される。セクシーな見せ場をセクシーには撮らず、スリリングな見せ場もスリリングには撮らない。表層的で胡散臭い世界を強調しながらもリアルに見えるのは、そうした細やかな演出ゆえだろう。95点。

ダンケルク

クリストファー・ノーラン、2017。第二次世界大戦でのダンケルクの戦いを描いた戦争映画。ダイナモ作戦と呼ばれる、追い詰められた英仏連合軍の救出劇が、陸・海・空を舞台にして展開される。まずおもしろいのは、ダンケルクの海岸、民間の小型船、空軍の戦闘機と、三つのロケーションをクロスさせながら描いているのだが、それらは同時刻ではなく時間がズレている。そのうえ描かれる時間の尺もズレている。冒頭で字幕表示されるのは、海岸は一週間、小型船は一日、戦闘機は一時間となっている。これらの時間操作は脚本の妙といえるだろう。特に戦闘機の一時間は、他のロケーションを取り込みながら、一本のタイムラインとして映画自体を見事に構築していた。時間操作と同様に印象に残ったのが台詞の少なさだ。それに、ドイツ兵の姿は戦闘機や銃弾以外は一切登場しない。あとは、ナチが紛れ込んでいて一波乱あるというようなドラマ的なシーンはあえて排除している。救出劇という形式をうまく利用して敵を排除し、英国本土に向かうことに焦点が当てられ、それを群像劇、あるいは群集劇の形式をとることで物語の方向性が強化されていると感じた。逃亡という敗北者の物語がプライドを持って描かれていて素晴らしい。音楽があまりにもうるさすぎた点と、30万人救出劇という圧倒的な群衆や船の数をまるで表現しようとしていない点は残念だった。95点。

GONIN サーガ

石井隆、2015。1995年に製作された前作『GONIN』から19年後という設定の続編。前作があるとは知らずに見たのだが、前作が記憶にあるかどうかで序盤の印象はかなり異なるだろう。前作を見た人には状況設定が親切に見えるだろうし、見ていない人にはかなり乱暴な状況設定に見える。でもこの乱暴な状況設定のわかりにくさは、細かいことは気にしない、というこの映画のスタンスを明確に示す重要な要素になっていて、実際この映画は脚本のディテールを問題としないケースがかなりある。台詞はなにを言っているのかわかりずらいし、誰が誰なのだかわからないシーンもある。終盤のシーンはフェードアウトが多く、背景に尺の問題を感じたりもする。画面に漂う時代遅れな感じはトレードマークにすらなっている。しかし、ところどころ目をつむれば相当におもしろい。香港ノワールもののような大胆なガンアクション。血しぶきではなく血煙が舞うなんてどうかしている。やたらと豪雨を振らせたがるし、バッサバッサとカーテンはゆれる。バディ・ムービーとしての序列が曖昧で、東出昌大は明らかに主役を剥奪されている。でも柄本佑のわけのわからない人物像は素晴らしかったし、土屋アンナは好みの女優ではないのだが、この映画では輝いていた。しかし、映画を見事に束ねているのは、なんといってもサイコなヒットマン竹中直人で、彼と絡むと皆が魅力的になっていた。序盤は苦しみそうな予感がしたのだが、最後まで一気に見られておもしろかった。95点。