巴里の屋根の下

ルネ・クレール、1930。クレールのトーキー初作。見せない演出、聞かせない演出が随所に効果を発揮していて素晴らしい。トーキーなのに台詞をドア越しにして隠したり、音楽が遮ったり、汽車の音が遮る。見せない演出は決闘のシーンが良かった。そしてクレーン撮影で捉えられたバリの裏町の描写も素敵だ。美術のラザール・メールソンは本当にいい仕事をしたと思う。全編娯楽映画という感じで、悪いやつも拳銃も出てくるのだが、一貫してハートフルでユーモアの効いた人情劇になっている。ただ、それがうまくハマったかどうかは多少疑問が残った。演出からは、してやられた感がもっと欲しかったし、映画としても序盤でいいところを見せてしまっていて退屈な時間があった。初トーキーを見事に仕上げたというよりは、今見れば微笑ましく見てしまうくらい拙い部分もある。しかし、冒頭のシーンとか本当に雰囲気がよくて、あああんな世界に住みたいなあと思わされた。90点。

女神の見えざる手

ジョン・マッデン、2016。ちょっと台詞の多い映画で、字幕をほとんど読めなかったのだが、それでもジョン・マッデンが素晴らしい仕事をしているのはわかった。やたらとシックな色合いのなかでの人物の動きが素晴らしく、また絶妙なカッティングも炸裂していてグイグイと映画を引っ張っていく。ジェシカ・チャステインのダークなヒロインっぷりがやはり図抜けており、先手必勝な業界で先手を打ちまくる様は痛快だった。字幕を追い切れなかったから当然キャラクターも追い切れなかった。これは二度見ればキャラクターは立ってくるだろうし、伏線みたいなものも気づくかもしれない。でも二度見る映画でもないような気はする。終盤が素晴らしい。すべてを開示しないところなんてこの映画全体とピッタリあっていった。ラストショットは何かを匂わせるものだったが、匂わせるだけに留めている。そういうすべてを開示しないところがこの映画には散見され、それが映画が並びにジェシカ・チャステインを作り上げていた。90点。

カメラを止めるな!

上田慎一郎、2017。ワンカットでゾンビ・ドラマを生放送で作る、というテレビ企画を題材にしたゾンビ・コメディ映画。ロケーションが素晴らしく、まるで『霧島』のように魅力的だった。こういう話題にもなった映画は鮮度があるうちに見るのがやはりよくって、その鮮度はとっくになくなっていたから、もっと早く見ておくべきだった。音楽はしょぼいし撮影だって全体的に見れば良かったとは思わない。でもこの映画には軽薄な勢いがあって、この手の映画好きが好みそうな前フリを回収していくところもあってワクワクさせられた。それらは既視感はあるものの全体としては見事に統合されており、タイムトリップにすんなりのれた。個人的には監督役の濱津隆之がチャーミングな魅力があって、本当の監督も彼だったらと思うと映画がなおさら素敵に思えてくる。エンド・クレジットで本物の映画制作現場が流れるのだが、それを映画のなかとして見られれば素晴らしく感動するだろう。しかし現実のほうに引き戻されて、あ、やっぱり、映画作るのって、大変そうなのね、と思ってしまった。ラストとか、ちょっと期待はずれだったけれど、あそこで号泣なのかなあ。90点。

木と市長と文化会館 または七つの偶然

エリック・ロメール、1992。ロメールにしては珍しく恋愛よりも政治的な映画といえるが、それでも演者はロメール映画らしく喋りまくっている。でも喧々諤々というよりただ喋りまくる。フィクションとドキュメンタリーのあいだをする抜けるような作りになっており、見ているとフランスの郊外の自然に感動するように、動物にも、人間にも感動してしまうのだ。このロメール独特の空気感というのはもはや魔術のようで、飄々とした時間を共にするのがとても気持ちよかった。出色の出来だったのは校長ファブリス・ルキーニの娘と市長の会話。そのアングルとアンサンブル。なんと感動的なことかと思った。そしてミュージカルなんてカマしちゃうんだから、もう参りましたとしか言いようがない。子供撮るのうまいし大人撮るのもうまいし、多分素人が出てるけどその撮り方なんて飛び抜けている。ロメールのなかでも最高クラスの一本。100点。

デッドマン

ジム・ジャームッシュ、1995。この映画は古き良き西部劇に影響を受けたというよりも、古き良きサイレント映画に影響を受けているように見える。まずロビー・ミューラーの仕事っぷりが凄まじいのだが、被写界深度をものすごく狭くして撮影する部分が多々ある。これはサイレント期にはそうせざるを得ずにそうしたのだが、このロビー・ミューラーの撮影にはその時代へのオマージュが捧げられているように感じるのだ。馬を見ればノスフェラトゥを思い出し、船で河に浮かべばサンライズを思い出す。そういえば最初のほうの物撮りの構成はサンライズに近いような気もする。かといってロビー・ミューラーは当然、過去ばかり向いているわけではない。現代の視点で捉えられたモノクロの画面は、ジョニー・デップの前半と見事に呼応していたし、そもそもベースとしてあるのはトーキーの西部劇であることは言うまでもないのだが、この映画における生と死の描き方はとてもおもしろい。ジャームッシュにとっては文学的なお遊びのようなものなのかもしれないのだが、この生と死の描き方の詩情というのか曖昧さというものが、映画の魅力そのものになっている。ロビー・ミューラーに関しては、この映画を彼のベストと推す声も散見するが、ブルーレイで再見した限りでは『さすらい』にはかなわなかった。100点。

女っ気なし

ギヨーム・ブラック、2011。バカンス映画ということもあり、エリック・ロメールやジャック・ロジエを連想した。特にジャック・ロジエは、ギョーム・ブラックに多大なる影響を与えていると思う。ロジエあまり見ていないけれど。フランスのうらびれた港町での、定番の出会いと別れのあって、本当にちょっとしたバカンスの物語なのだが、主演の四十男シルヴァンがとてもよい。彼の孤独と愛への渇望がこの作品の根幹をなしており、孤独にしろ愛にしろ描き方がものすごく優しいのだ。物語をマクロから見てもミクロから見ても優しくて、シルヴァンを傷つけたりはしない。そしてこの映画はバカンスのロケーションがとてもいい。数々のショットは、寂しい港町の孤独さえも優しく包み込んでいる。この優しさの演出は、物語的にも映画技法的にもいえることで、緩やかなショットとカッティングがとても自然で柔らかい映像になっている。俯瞰のショットは特に印象的だった。一見なんでもないバカンス映画に見えて、実は特異な映画になっているのだが、それを説明するのは難しい。何度も見たくなる映画だ。95点。

キッスで殺せ

ロバート・アルドリッチ、1955。戦後すぐに連載された私立探偵マイク・ハマーもののひとつ。この映画はお話の展開やテンポの良さも際立っているのだが、なにがすごいって、初っ端から怒涛のテンションで押し切ってしまうことだ。ゴツゴツしたドラマになりそうでならない。でもゴツゴツ感がすごい。拳銃だって最後のほうにしか登場しない。ちょっと展開が見えなさすぎて、登場人物を把握するのにも一苦労だったのだが、常にその先に何かが起こるような構成になっていて、それを見せるのもうまい。ただ、起こることがノワールっぽくないシーンが多くてかなり驚かされる。カメラのアーネスト・ラズロはとてもいい仕事をしていた。編集も素晴らしい。主演のラルフ・ミーカーは役柄にピッタリハマっていたのだが、素晴らしかったのがギャビー・ロジャーズ。気だるい声で核爆弾のありかを暴いたり、驚異的なラストシーンでは、ギャビー・ロジャーズの絶叫は機械音と化していた。簡単に説明できない不思議な魅力を持つ映画だった。100点。