女っ気なし

ギヨーム・ブラック、2011。バカンス映画ということもあり、エリック・ロメールやジャック・ロジエを連想した。特にジャック・ロジエは、ギョーム・ブラックに多大なる影響を与えていると思う。ロジエあまり見ていないけれど。フランスのうらびれた港町での、定番の出会いと別れのあって、本当にちょっとしたバカンスの物語なのだが、主演の四十男シルヴァンがとてもよい。彼の孤独と愛への渇望がこの作品の根幹をなしており、孤独にしろ愛にしろ描き方がものすごく優しいのだ。物語をマクロから見てもミクロから見ても優しくて、シルヴァンを傷つけたりはしない。そしてこの映画はバカンスのロケーションがとてもいい。数々のショットは、寂しい港町の孤独さえも優しく包み込んでいる。この優しさの演出は、物語的にも映画技法的にもいえることで、緩やかなショットとカッティングがとても自然で柔らかい映像になっている。俯瞰のショットは特に印象的だった。一見なんでもないバカンス映画に見えて、実は特異な映画になっているのだが、それを説明するのは難しい。何度も見たくなる映画だ。95点。

キッスで殺せ

ロバート・アルドリッチ、1955。戦後すぐに連載された私立探偵マイク・ハマーもののひとつ。この映画はお話の展開やテンポの良さも際立っているのだが、なにがすごいって、初っ端から怒涛のテンションで押し切ってしまうことだ。ゴツゴツしたドラマになりそうでならない。でもゴツゴツ感がすごい。拳銃だって最後のほうにしか登場しない。ちょっと展開が見えなさすぎて、登場人物を把握するのにも一苦労だったのだが、常にその先に何かが起こるような構成になっていて、それを見せるのもうまい。ただ、起こることがノワールっぽくないシーンが多くてかなり驚かされる。カメラのアーネスト・ラズロはとてもいい仕事をしていた。編集も素晴らしい。主演のラルフ・ミーカーは役柄にピッタリハマっていたのだが、素晴らしかったのがギャビー・ロジャーズ。気だるい声で核爆弾のありかを暴いたり、驚異的なラストシーンでは、ギャビー・ロジャーズの絶叫は機械音と化していた。簡単に説明できない不思議な魅力を持つ映画だった。100点。

駅馬車

ジョン・フォード、1939。美しい景色と娯楽アクションが奏でる最良の映画。見ているだけで後に与えた影響がわかるくらいに、スタンダードな映画になっている。コミカルなタッチで駅馬車の面々を映し出しながら物語は進んでいく。しかしこの空間演出力はすさまじいものがある。どのシーンにも優れた空間演出が見られるし、特に駅馬車内の演出は素晴らしい。女性二人の対照も見事に描かれているし、酒飲みの医者のキャラクターが素晴らしい。あとは音楽と声の掛け合いが素晴らしくて聞き惚れてしまった。アパッチの襲撃シーンは本当に無駄がなく美しくて見事だった。この映画は何度見てもキャラクターが浮かび上がってくるところがわくわくさせられる。ということは、何度見てもキャラクターを掴みきれないということなのだけど。とにかくこの映画は空間演出が総じて素晴らしい。ラストなどは拍子抜けな感じもする。でもあの空間演出も素晴らしい。ジョン・ウェインはこの映画で人気を確立した。フィルムの状態もとても良くって、日本映画では当時の映画でここまでハードとソフトの品質を兼ね備えたものは現存しないなあと思った。95点。

幕末太陽傳

川島雄三、1957。魅せようとするには、総じてカメラが遠くにありすぎるショットが多いのだが、実際、そのカメラの距離によって魅力が減じている部分もあると思うのだが、フランキー堺だけはサイズなんぞお構いなしに華麗な舞を披露している。小沢昭一とフランキー堺の、華麗ではない舞と華麗な舞の両雄には目頭が熱くなった。左幸子と南田洋子は、左幸子が完勝しているように見える。まあ大掛かりな見せ場があるから救われている部分もある。石原裕次郎一派は、数十年前にこの作品を見たみたときよりもかなり出番が多く感じられた。フランキーとの絡みでは、最初に見たときには、ションベンでいっしょになる、という程度のものだったような気がしたのだ。それが全然違っていたのだ。石原裕次郎は悪くなかったが、石原裕次郎を語るのにこの作品を敢えて強調する必要もないような気がする。他出演作品をまったく見ていないので言えた口ではないのだが。遊郭を立派に作りすぎているためか、広々としたショットが多く、特に前方から一隊がドドドと押し寄せてくるなんてショットは待ち時間のようなものが多くなってしまっているような気がした。あとはフランキー堺に漂う死の臭い、あれはよくわかるような気がした。自分が死ぬとわかっているからこその人情味がでていたように見えた。ところどころで登場する大物俳優は素晴らしい仕事っぷりを見せてくれる。95点。

アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル

クレイグ・ギレスピー、2017。トーニャ・ハーディングの半生を描いた映画なのだが、アメリカ女子初のトリプルアクセル成功とか、ナンシー・ケリガン襲撃事件にはそれほど興味を持っているようには見えない。それよりはフギュアがアメリカで担っているものと、トーニャ・ハーディングのギャップが際立っており、トーニャは底辺のヒーローとして映っている。その割にはトーニャは強くない。そもそもフィギュアスケーターとしての彼女はあまり描かれることはない。それでもこの映画がすこぶるおもしろいのは、トーニャにはどうしようもなく染み付いてしまったシミがあり、強烈なファイティングスピリットがそれを助長するからだろう。そこにジ・アメリカンな底辺活劇を見出すことができ、それをおもしろがれるからアメリカの底辺描写も腐っちゃいないんだと思わされた。この映画は底辺のアメリカ人が、なかなかサクセスしないサクセスストーリーであり、だからこそ見る者は惹きつけられる。事実もフィンクションもこの映画にはあってないようなもので、本人が出ているのかどうかの描写も大胆かつ不明瞭だ。ニコラス・カラカトサニスのカメラとトーニャを演じるマーゴット・ロビーのコンビネーションは素晴らしかった。あとは全体のテンポがよくて飽きることなく見られた。95点。

ギャンブラー

ロバート・アルトマン、1971。レナード・コーエンが流れ、ヴィルモス・スィグモンドの暗い映像が渋みを増加し、物語は語られる。だがその物語からしてアルトマンらしく、明快に物が語られることはない。そもそも物語がほとんど語られていないといってもいいだろう。ニューシネマ以降的ともいえるウォーレン・ベイティとジュリー・クリスティの関係は明確に意図されたものであるのだが、他のキャラクターのあっけなさというのか無意味みたいなものは際立っていて、喧嘩になったり仲良くなったりしないところなんて、とてもアルトマンらしいと思った。街の隅々まですごく魅力的に映っていたし、突然あらわれる蒸気車?や、ただの風俗通いの遊び人キース・キャラダインの存在感と死。どれもこれも唐突で間抜けな感じでアルトマンらしい。見せ場はやはり終盤の雪のなかでの撃ち合いのシーンだろう。ここでも華麗な身のこなしからの迎撃なんてシーンはなく、ずるずると山場は展開していく。このシーンの雪はなんだか変な感じに映っていたのだが、それがまた独特の雰囲気を醸し出していた。他のアルトマン作品と比較してしまうと落ちる部分はあるのだが、これはこれで一種独特の魅力にあふれた映画だった。ただ邦題はまずい。絶対こんなタイトルつけねえよって見ながら思っていた。90点。

七人の無頼漢

バッド・ベティカー、1956。事件に巻き込まれて妻を殺された元保安官が復讐を企てる映画。アンドレ・バザンが絶賛したことでも有名な作品で、西部劇の隠れた傑作といえるだろう。映画は78分と短いのだが、そのなかに素晴らしい脚本と、素晴らしいカメラワークと、素晴らしい演技を見ることができる。特にカメラのウィリアム・H・クローシアによる、大胆なカッティングや躍動的な移動ショットが随所に見られる。役者では主演の元保安官ランドルフ・スコットはもちろん、リー・マーヴィンが本当に素晴らしく、あとは唯一の女性ゲイル・ラッセルもとてもよくって、みんな無駄のない渋い演技を見せてくれる。無駄のなさは映画全体にいえるのだが、脚本の無駄のなさがやはり際立っており、ストーリーも人物描写も本当に無駄がない。西部劇特有のヤバい空気は漂っているし、実際ほとんどは死んでしまうのだが、狙った感じのしない独特のユーモアが全編に漂っており、どこかほのぼのとしたところがあり、とても好感が持てた。ブルーレイを買ったので、何度も見られてるのはうれしい。95点。