ケンタとジュンとカヨちゃんの国

大森立嗣、2010。リトルモア絡みだと知って納得した。リトルモアの映画にはろくな映画がない。奇跡的に駄作を作りまくる才能は、カルト的なカタルシスも与えること無く、ただグダグダ。空中庭園とか東京タワーとかラブドガンとか、リトルモアが絡めば魔法をかけられたように駄作になる。この映画は脚本が最悪でシーンメイキングのくだぐだ感は素人が見ても驚いた。台詞がまたまた最悪で、モノローグ連発して説明説明説明でイントロデュースしていくような映画じゃないよ。そんな必要はない。でもこれは商業映画なのかそういうことをやラなきゃいけないのかね。今本当にこの2時間以上の映画を見た後悔だけで辛い。多部未華子のシーンなんて全部いらないじゃないかバカやろう。テイストとしては70年代の日本の映画。桃井かおりがカヨちゃんで・・てな具合。テーマも70年代っぽいよね。何か現代との接点があなりない。バカみたいにアップにするカメラには辟易したし、天候がコロコロ変わるのも変だったね。ロードムービーなんだからロードや、ロードからの風景にはこだわって欲しかった。どうもこの監督は親がいないとか仕事が底辺とか、障害者とか、そういうのをネガティブに捉えている。底辺の労働者は落伍者であると。障害者は行き場がないと。なんか被害者意識みたいに思えて腹が立ったね。少なくともこの映画に出てきた人達には行き場はあるんだよ。それくらいの社会ではある。これくらいは分かってんだろうけど、何せ大森は映画を作るのが下手だから伝わりにくい。最近リ・サンイル悪人見たけど、つまらなかったけど、リ・サンイルは映画作るの上手だよ。才能とスキルが大森とは違う。あと刑務所のシーンの録音。ケンタがしゃべる時の切り替え。あんな録音はプロの仕事ではない。プロダクションとしては才能の無い人達ばかりでくだらない映画になった。あとは役者だけれど、台詞がダメだからどうも分からなかった。ケンタとジュンが喋るときに何回か片側前に一人。反対側後ろに一人。それを斜めから撮っていた。もの凄くダサい構図。それが分からないセンスの無さ。もう腹立たしさにも程がある。テーマは、何かをぶち壊せば、新しい世界が見えてくるんじゃないか。ということだけど、実際には同じ事の繰り返しだということ。はつりにも象徴されることだよね。壁を削ってもまた壁みたいな。でもね、一番の問題はこの映画自体がぶち壊してないんだよね。もっとぶっ壊れた映画を撮ってもらわないと、同じ事を繰り返す強度が無い。本気でぶち壊れた映画を作って、またぶち壊していくのがこの映画のテーマにおける、この映画自体の大森の回答のはず。それが全く出来ていないから、大森立嗣にはぶち壊れてもらいたいね。そうしないと仕事なくなるよ。