劇場版 神聖かまってちゃん

入江悠、2010。まずこの映画の素晴らしいところは二階堂ふみをキャスティングしたこと。彼女はとても映画がよく似合う。今後が本当に楽しみな女優だね。この映画は多分ビデオカメラで撮っている。フィルムじゃなくね。そうすると二階堂ふみ以外、例えば森下くるみなんかはビデオカメラの弊害をモロに食らっているね。ビデオカメラの凄く変な時間と空間を感じる。これはビデオカメラを使いこなせていないと言うことだと思う。照明が甘いんじゃないかな。僕は鈴木一博のデジタルの使い方の洗礼を受けてしまったからね。それはハードウェアの問題やテクニカルな問題のみならず、演技にも影響を与える。フィルムでない場合、大根役者はもの凄く目立つ。そしてこの映画は大根役者が多い。役者の問題か演出の問題か知らないけれどね。「サイタマノラッパー」なんかは大根役者だからこそ出来る映画とも言えるからよく分からないけれど、演技の下手さが目立った映画だった。この映画はいわゆる劇映画とフェイクとドキュメンタリーを横断している映画なんだけれど、とてもスムーズにチェンジしていたと思う。カメラは軒並み低評価だった。照明もダメだったね。低予算なら我慢すべきなのかもしれない。脚本は特に面白くは無いんだけれど、若者やダメなやつへの愛を感じた。二階堂ふみの親子の関係、森下くるみの親子の関係において、子供には暖かい眼差しが注がれている。それはかまってちゃんのメジャー進出と、これから大人になる若者への視点も一致している。好きなことを自由にやらせてやりたいと、かまってちゃんのマネージャーが言う。この思いがこの映画の大きな幹になっている。でもかまってちゃんのライブはあまり迫力が無かったのが残念だなあ。