神様のカルテ

深川栄洋、2011。すごく良い佇まいがする映画。何か人間の気高さ、ヒューマニティを感じさせてくれる素敵な作品。医療の現場の映画なんだけど、よくあるイマージェンシーなスピード感が良い意味で無い。あとは、これは長所と短所なんだけど、原作が素晴らしいと思う。そして脚本がダメダメだと思う。つまり映画を見てすぐに、これは良質な原作をベースにしているだろうということが分かってしまう。それは原作を脚本に昇華出来ていないということだと思う。櫻井翔と宮崎あおいが住んでいる旅館のシーンは、映画的に見ればあまりにも唐突だし、発想が突飛すぎるし浮き世離れも甚だしいところ。旅館以外のシーンは普通にリアリズムに貫かれているから、旅館のシーンは実験的になっちゃうし、原作には絶対ある説明部分がないのであれば、削るしか無くなる。でも削れない。ではいきなりこの旅館の雰囲気で、この口調でいっちゃいましょう。ってことで脚本は出来上がったんだろうけど、それではあまりにも職務怠慢な気がする。まあ脚本の拙さは了解済みとして、桜のシーンの素晴らしさ。台詞と色彩と台詞と動きとが素晴らしい。あの宮崎あおいの一瞬の視線によって歩を進める岡田義徳ってところのみずみすしさ。この作品は、演者と演出は本当に素晴らしくて、アメリカ映画なんかだと、ああいかにも南部だとか、いかにも西海岸とか中西部だとか、そういう空気感ってものが映画から出ているんだけど、この映画は信州の空気感がとても出ている。日本でも、内陸である程度の都市が点在するところって信州くらいしか無いと思うなあ。そして信州と言えば山なんだけど、山を撮影する宮崎あおいは山のように、自然で雄大な妻を演じていた。ちょっと2番目に名前が出てくる割には登場時間が短かったのがとても残念。この映画は医療現場もだけど人間関係も二項軸の対立を見せないようにしていて、それは演出なのか原作もそうなのか知らないけど素晴らしい。人間関係の例えば櫻井翔と要潤は対比させているけど、対立はしていない。大学病院と地域の病院との良いところ悪いところを対比させているけど、センチメンタルな、えせヒューマニズムに頼ることは絶対に避けている。こうした姿勢はもっと当たり前にとられるべきスタンスなんだろうけれど、テレビとかはきっと違うんだろうなあ。