女子ーズ

福田雄一、2014。いままで見た映画のなかで、一番つまらない作品だったような気がする。何でこんな映画が公開されてしまったのかと悩んでしまった。クレジットを見る限り、企画の段階からダメだったのではないかと思う。この映画、オフビートとかB級といった感覚を勘違いしているのか、表現できないのか、そこが致命傷だった。目の前で繰り広げられたのは、オフビートコメディではなく間抜けなコントであり、B級映画ではなく素人映画だった。

ではどうすれば面白くなるのか。演出と演技のどこに問題があったのか。まずコントの問題。お笑い芸人達のコントにゲストで参加する女優やアイドルというのはよくある光景だと思う。女優やアイドルだから許させる役割がそこにはある。この映画はその女優アイドル枠のみで構成され、お笑い芸人なきコントになってしまっている。

まず手荒な解決手段としては、こういった演技力に秀でた満島ひかりをキャスティングする。これは先のコントの例で言えばお笑い芸人の投入に近い。満島一人だけでもコントとして成立させてしまう力はあると思う。

もっと現実的な、現有戦力での解決策はないだろうか。例えばもっと不安を煽る演出。セリフを教えないとか、リハーサルを使っちゃったりする。これは女優たちの素の部分が見えているのか、それとも演技なのかわからない、というところまで演出で持っていければ、良くなったと思う。

演技に関して言えば、コスプレ部と、非コスプレ部の演技のギャップをもっと見せるというのはどうだろうか。有村架純はどちらも演者だから良しとして、他はもっと非コスプレ部のリアリズムを追求して欲しかった。山本美月に至っては非コスプレ部までコスプレ演技しかできていない。山本美月の演技にリアリズムがあれば、川岸でのデブ男とのやり取りは滑稽なものになったはずだ。

佐藤二朗の配役にこの映画のくだらなさが凝縮されていると思う。佐藤二朗の演技というのは小さな箱を作って、そのなかで自由奔放に演技をするというイメージ。つまり自由にやっているように見えて、小さな箱からは一歩も出ない。可能性を箱に押し込めてしまっている。引きこもり系の演技だと思う。佐藤のみならずこの映画も小さな箱のなかで窮屈にやっている印象しか持てなかった。象徴的なのが電車のシーン。商店街と並んでとりわけパブリックな空間だった。さて何が起こるかと思って見ていたら、カメラや他の登場人物が、箱のなかに押し込めよう押し込めようと必死になっていた。やっぱりダメかと残念な気持ちになった。85点。