戦争のない20日間

アレクセイ・ゲルマン、1976。相変わらずモノクロの映像が素晴らしい。冴え渡る人物の動きの演出もまた素晴らしい。この映画は従軍記者が休暇で故郷タシケントに帰るという話である。初っ端から、帰りの列車内で、同僚によるメガトン級のクローズアップ打ち明け話が延々と続く。しかし、カメラは従軍記者にカットバックしない。これは、彼が従軍記者であるという観察者的視点の描写なのかもしれないが、独特の違和感を演出している。カットバックしないという違和感は、語る側と従軍記者のズレのあらわれと見ることもできる。タシケントでも時計に関するマシンガントークをかますおばちゃんからカットバックしない。大観衆の前で従軍記者は演説をするが、大観衆にカットバックされることはない。フラッシュバックでの、ばあさんの証言では、カットバックされるのは従軍記者ではなく同僚である。これはカットバックに限った話ではない。タシケントでは自身の書いた従軍記の映画が制作されていが、その映画は彼の思いとはズレまくっている。演劇、映画、演説、行進、記憶など、様々なレイヤーから見えてくる戦争は、どれもがズレているのだ。壁が崩れるフラッシュバックシーンがあるが、そこでもズレの演出が見られる。戦争のズレと対照的なのがロマンスである。この映画はロマンスを、ことのほか入念に描いて見せ、別れの朝の光が女を明るく美しく照らし出す。そこにはズレなど生じる余地などない。しかし最後には、列車、ドラム缶という、冒頭で見られたモチーフが反復されることにより、彼の休暇は終わるのである。95点。