わが友イワン・ラプシン

アレクセイ・ゲルマン、1984。スターリンによる大粛清前夜のとある街の出来事が描かれる。物語はナレーターの少年時代の記憶と、父から聞かされた話の回想という形で語られる。だからA地点からB地点にいたる紆余曲折を描くようなものではない。語られるのは犯罪者を追う刑事イワン・ラプシンとその周辺の出来事であり、大粛清前夜の平和と不安と緊張が共存する独特の雰囲気なのだと思う。小さな街の造形がすばらしく、アーチを中心にしてさまざまな出来事が展開される。相変わらず映像演出が見事である。映像演出だけで映画が成り立つほどのすさまじさがある。いつものことなのだが、被写体の前後の空間の使い方が絶妙で、奇跡の空間が続々と創造される。屋内はアパートがメインとなっており、そこでも映像がすごい。奥行きの空間を利用した作劇やフレーミングがあり、それを90度パンして別の奥行きをまた利用する。被写体以外の人物がフレームを横切りまくる空間設計とそれによって生まれる喧騒。見たこともないような映像演出が連発されるのだが、突飛な感じはしない。屋外の撮影はもはやすべてが芸術的である。カメラの位置や動き。エキストラの位置や動き。空間は何層にも分けて注意深く演出され、それらは映像としてひとつになる。物語性の希薄さは確信犯であり、プラス要素にもなっているのだが、面白みに欠ける物語ともいえる。イワン・ラプシンを認識するのに骨を折るくらいだから当然といえば当然である。簡潔な物語の構築、もしくは物語性の排除がなされていれば、その映像はさらなる境地へと達していただろう。95点。