次の朝は他人

ホン・サンス、2011。この映画は、ホン・サンスがいつもそうするように、かなり自由に映画という虚構と戯れている。物語は、映画監督がソウルの先輩を訪問する数日を描いたものである。その数日は同じような日々であり、同じようなことが繰り返される。そして、執拗な類似と反復によって、映画の見え方が決定的に変わるとき、見る者は映画の戯れのなかに身を投じることになる。これこそ映画だと思わせるような戯れを、これほど造作もなく提供する監督はあまりいないだろう。「小説」という名のバーがいい。店内も店の外も部屋もすべていい。そのなかでも入口の通路が一番いい。店の女がいつもあとから登場するのもいい。様々なシーンが類似と反復によって語られるのだが、特に大胆な類似を見せるのは、バーでの初対面の反復だろう。それは類似の幅を極端に広げるものである。時間軸が解体されたようにも見えるし、ちがう人物が同じ人物にも見えてくる。そして、論理的な考察を拒むかのように、ラフな類似が効果的に反復される。なんでもない出会いの反復や、タバコやコーヒーを持つふたりの類似などである。性急なズームの反復にも同じことがいえるだろう。そうしたラフな類似と反復により、この映画はパラレルワールドのような論理的な物語にはならず、ソウルの街を循環する日常性を維持したまま展開されることになる。雪が効果的なモチーフになっている。雪によって時制は明示され、日常性は強化され、映像美が演出される。モノクロの映像は、高品質のカメラで撮影されたとは思えない。しかし、雪や壁や息やタバコの煙の白色が、簡潔な演出のなかで際立っている。95点。