憐 Ren

堀禎一、2008。映画が設定したSF的な時空間を、映画自らが壊そうとしているように見える。そのあり方がこの映画のおもしろくしている。高校生らしい風景の使い方が素晴らしい。すさんだ教室を描写する映画が多いなか、この映画の教室なり生徒の描写はすさんではおらず、不自然なほどに自然である。ふたりでの自転車による移動と会話があり、それを正面から撮すカメラはこの映画を特徴づけるショットである。夜の自転車での会話が基調となってはいるものの、歩きもあれば昼間もある。しかし、昼間のふたりのシーンではほとんどが逆光となっており人物の顔には陰がある。そのようにして、この映画は闇を好んで演出する。実際の出来事も闇のなかで起こることが多い。その闇のなかでSFと現実が奇妙に同居する。タイムトラベルや時間のない世界が語られ、死がつねにほのめかされる。タイムトラベルゆえの悲劇も起こる。クライマックスの川べりでの長回しでは、もっともSF的な会話が交わされ、それに伴う行動も生じる。ここでの長回しでは、リアリティの演出よりも、その時空間を高校生たちの聖域たらしめているようにも感じる。この映画では、時間軸の価値観、例えば将来の夢や死生観みたいなものが語られるが、SF的な設定とは無関係に語られることも多い。その並置された時間軸の価値観が、クライマックスにおいて、映画自体の時間軸をも呼び起こし収束されていくさまは、その闇とともに際立っている。ただ、好んで闇を撮る映画だというのはわかるのだが、その理由や映画に及ぼす効力まではイマイチ伝わってこなかった。90点。