北ホテル

マルセル・カルネ、1938。パリのサン・マルタン運河沿いにある北ホテルを舞台にした物語である。しかし、その空間を強烈に支配するオープンセットによって、北ホテルというセットの概念は拡大され、橋や運河やベンチを含めた空間が北ホテルとして認識されることになる。超メロドラマな若き心中カップルの登場から、女が撃たれ、男の退場までの展開の迅速さにしびれる。さらに、それが北ホテルにさほど影響を及ぼさないのも素敵である。ゆえに、その物語構造の簡潔さと優美さに酔いしれつつ、映画を堪能することができるのである。丁寧にショットがつながれ、詩的な台詞がささやかれる。ずっとこの映画のなかにいたいと思わせてくれる。まず、不器用で厄介な登場人物を包み込む北ホテルが素晴らしい。そこに見える、温かさよりも軽薄さすら漂う寛容さはかなり美しい。物語はひとりの女とふたりの男というよくある設定である。心中男が鉄格子のなかにいるとき、カップルには変化が起こるのだが、またよりを戻すことになる。ふたりが一緒のシーンは数少ない。その空白を埋めるヤクザ者の怪しさが、パリの闇の人間のそれではなく、北ホテルのやくざ者という軽さがあるのがいい。しかし心中女との愛の告白により軽さはなくなり、結果的にやくざ者は撃たれるループのなかに迷い込んでしまう。撃たれるという行為によって映画は彼を特別な存在にしている。で、あとはオープニングの巻き戻しである。ベンチにすわるカップル。カップルは橋をわたり北ホテルをあとにする。丁寧かつ美しく反復されるラストシーンは息をのむような美しさがある。100点。