恐怖のまわり道

エドガー・G・ウルマー、1945。まるでデヴィッド・リンチ映画のような、強烈なスタイルに圧倒される。それでいて物語がすこぶるおもしろい。フィルムノワールであり、ロードムービーでもあるのだが、映画はジャンルを超越している。主人公は、西へゆけば別の人であり、東へゆけば死んだ人となる。そのどんづまり感が生じるとき、映画は俄然おもしろくなる。なによりこの映画の価値を高めているのは、その異様なテンションだろう。それはファム・ファタールな悪女の圧倒的な存在感と、男の切羽詰まったナレーションによって際立っている。映像の異様なテンションも見逃せない。ワンショットしかない男の恋人が歌うイメージショットの挿入と構図の違和感や、悪女の車内での突然の起床など、奇妙ともいうべき演出が見事に機能している。男と悪女の関係性の描写が素晴らしい。そこには共犯関係や敵対関係があいまいに交錯し、脚本が示す離れられないふたりが、演出によって見事に強化されている。電話のモチーフの使われ方もおもしろい。男はハリウッドにいる恋人に二度電話をするのだが、恋人の短いショットが挿入されるだけで、しゃべりは聞こえないか、もしくはしゃべらない。その聞こえない声は、男と恋人の実際の距離と、物語上の絶望的な距離を暗示している。そして、悪女との関係でも電話は利用され、最後にふたたび聞こえない声が電話によって演出される。この映画では、ニューヨークの夜の街が煙にまみれて消されるように、低予算を生かした演出が効果的だ。低予算が起因となり、むき出しのけだもの感が表出するとき、映画の持つ本来の獰猛さが見えてくるのである。100点。