ミツバチのささやき

ヴィクトル・エリセ、1973。フランコの軍事独裁政権末期に作られた映画で、内戦直後、つまり政権初期の1940年が舞台となっている。当然のことながら政治的な映画である。しかし、検閲を通過するために策が講じられているのだろう。そのことが、この映画をわかりにくくしながら、一方でわかりやすくもしている。崩壊した家族は、内戦の傷跡を色濃く感じさせる。父も母もそれをほのめかしてばかりいる。家族の崩壊ゆえに父親には家長としての力がない。それが子どもに焦点を絞る手助けとなり、子どもの視点は絶対的な父や母の不在によって強化される。妹アナと姉イザベルの、大人への興味が子どもの視点で描かれる。それは、フランケンシュタインへの興味と恐怖であったり、より現実的には、アナはシェービングブラシを使い、イザベルは血で口紅を塗ったりする。そして、大人世界の最大の謎である死がアナとイザベルを隔てる。みんな大人になっていくんだというアナの疎外感と子どもごころは、フランケンシュタインへと向けられる。アナとフランケンシュタインは疎外感を共有するがゆえに、アナはより希求することになる。そして、逃亡者とフランケンシュタインの交錯により、大人にとってのファンタジーが発生する。しかし、子どもにとってはリアリズムが証明されたことを意味する。のちにアナが誰もいない小屋を探すシーンがとても美しい。あそこで映画が終わってもいいくらいだった。しかしアナは訳あって逃走し、疎外された毒キノコやフランケンシュタインがアナに寄り添う。映画は徹底してアナの側にいる。その位置取りがこの映画を崇高なものにしている。95点。