夜よ、こんにちは

マルコ・ベロッキオ、2003。イタリアの極左テロ組織「赤い旅団」のメンバーによる、1978年のモロ元首相誘拐暗殺事件を描いた映画。冴え渡る演出が随所に見られ飽きることがない。政治や宗教が渦巻く映画なのだが小難しさはない。物語は誘拐したモロを殺すべきなのか、この犯行は正しいのかと苦悶してゆく女を中心に描かれる。視線を強烈に意識させる映画だ。メンバーのいる家を覗く外からの視線。家のなかの小さな部屋にいるモロを覗き穴から見る視線。主人公の女の職場でのエレベーターの壁を見る人々の目線。そして全知の神のような同僚の男の視線。この男の存在によって視線の定義は拡張し、こころを見通す視線にまで及ぶ。それは端的には思想や思惑の対立としてあらわれるのだが、映画はこころの視線、つまりイメージを具現化する。モロは監禁されているのだが、自由に家をうろつく。それが現実ではないと示唆するのは音楽のみである。終盤、現実と非現実のふたつの物語が並行して語られる映像展開は見事だ。ローマ法王が敬虔なカトリック信者のモロの解放を求めるなか、女以外のメンバーは無意識に十字を切って食事をする。女はモロの脱出を企て成功するが、モロは監禁されており暗殺される。カトリックへの信仰と懐疑をにおわせながら、映画は現実と非現実を別々に描く。非現実の物語は女の物語である。それは、女の理想を描いたのでもないければ、夢を描いたものでもない。女の苦悩や葛藤が映画を揺さぶっているのだ。この映画はストイックな状況をとらえているのだが、その演出によって、非現実のモロのような自由さを感じさせる映画になっている。95点。