クリーン

オリヴィエ・アサイヤス、2004。マギー・チャンの再生物語。ドラッグとロック、愛と死が絡み合う、熱情あふれる物語である。しかし、物語はその熱情を冷却させながら語られる。冷却装置はマギー・チャンの演技であったり、予定調和しない脚本であったり、アサイヤスの演出であったりする。ぶつ切りにされるショットは、その熱の上昇を抑制し、マギー・チャンは、熱情あふれる心情を高らかに吐露することはない。しかし、マギー・チャンの運動は見逃せない。そこに心情が吐露されているのだ。息子に会えなくなったときのマギー・チャンを追うショットはその典型だ。運動を追うことと心情を追うことがイコールになっている。それが、さらなる効果となってあらわれるのが、直後の息子との無言の対面のシーンである。前のシーンと対照させることで、マギー・チャンの心情と運動を、簡潔ながら強烈に印象づけている。この映画は、時空間の演出に一貫性をもたせながら、時折それを崩してみせる。世界を転々としているのにもかかわらず、その場その場でさらに転々とするため、大小の移動に不自然さがまるでない。常に物語は省略を繰り返し、不安定なマギー・チャンを性急に追う。ただ、マギー・チャンは、その心情と同様に性急さと穏やかさが共存する。義父のニック・ノルティには性急さがまるでなく映画にも流されない。この展開と人物の性急さの演出及び演技は見事である。音楽を扱う映画なのだが、残念ながら音楽はダサい。マギー・チャンとホープ・サンドヴァルの比較は映画とは関係がないのだが、そのほのめかしのせいでラストは低レベルな音楽が強調されてしまっている。90点。