君はひとりじゃない

マウゴシュカ・シュモフスカ、2015。父娘の家族の再生がユニークな視点で描かれている。生と死という分断された概念が、この映画では再構築される。死は生に近づき寄り添う。死と生の接近は、霊媒や信仰の力よりも強い、家族の力や具体的な出来事によって示される。その語り口は独特のものだ。冒頭、首吊り自殺者が生き返るシュールなシーンがある。このシーンはほんの挨拶代わりにすぎない。この映画ではシュールな演出が多用される。シュールな演出は、それが効力を発揮するとき、映画に包容力をもたらす。例えば、マイク・ミルズの『人生はビギナーズ』で見られた身体の動きのシュールな演出は、映画から浮いてしまうことなく描かれる。その場合、許容される身体の動きの範囲は大胆に広がる。それが包容力を生み出す。この映画でも、シュールな演出によって包容力が生まれ、その包容力が映画全体を包み込んでいる。現実的なシュールさと非現実的なシュールさは分け隔てることなく描かれている。セラピストであり霊媒師でもある女は明らかに有能なのだが、セラピーも霊媒もシュールな身体の動きがある。シュールな格好をする人たちやシュールな格好で死んでいる人たちがいる。霊的現象も起こるし、墓地に眠る母は移動する。父のこころの移り変わりとともに物語は進行する。そして、結局は霊媒頼みとなるのだが、その結末が素晴らしい。散々描かれたシュールな身体が結実し、それを光が祝福している。家族の再生は母の不在の再構築である。それが有能な霊媒師の生をとおしてユニークに語られている。95点。