恐るべき子供たち

ジャン=ピエール・メルヴィル、1950。大人は死ぬことで大人ではなくなる。一方、子供は大人になることで子供ではなくなる。その残酷な子供の性(さが)が、性(せい)を通して描かれている。ジャン・コクトーが『海の沈黙』を見て、メルヴィルを指名して撮られた映画である。コクトーは原作の他、脚本、台詞作家、ナレーターとして参加している。常に台詞があるような映画で字幕も多くなり、読みながら見る映画になってしまった。メルヴィルの才能が炸裂している映画ではないが、アンリ・ドカエの撮影スタイルに見られるように、シンプルで適切な演出は見事だ。物語は近親相姦や同性愛を絡めつつ、姉を主人公としたメロドラマの形式となっている。特徴的なのはその世界観だろう。大人たちは登場するがすぐに死ぬか、もしくはいなくなる。子供たちの世界が強烈な形でセッティングされている。姉弟はカネも自由もあるのだが、強烈な息苦しさを抱えている。子供が構築した近親関係が崩れつつあるのだ。弟の女への手紙によってメロドラマは劇的に変化する。メロドラマ的被害者女性としての姉が決定づけられ、姉はファム・ファタールと化す。しかし手紙の女はあまり描かれることはない。同性愛の男との顔の類似があるだけだ。もうひとりの男は道具のような存在だ。物語は姉弟の曖昧で息苦しい近親相姦的な関係に極端に焦点を絞ってゆく。終盤になってようやく大胆なメルヴィルらしい演出が見られる。メルヴィルのファンとしては、この物語とメルヴィルの演出スタイルが合っていないように見える。映画自体の息苦しさと、物語が提示する息苦しさが曖昧に共存している。90点。