ベイビー・ドライバー

エドガー・ライト、2017。冒頭、カーアクションの逃走劇があり、長回しで音楽を絡めながらコーヒーを買うオープニング・クレジットがある。そこまで見て、これは期待していいのかもしれないと思えた。しかし、見終わってみると、そのふたつのシーンがハイライトだったような気がする。ポップ版『ドライヴ』のような映画を期待していたのだが、ポップになりすぎてアトラクション映画になっており、シネコンで爆音でサイコーみたいな映画になっている。そういう意味では、シネコンが世を席巻するこの時代らしい映画なのかもしれない。音と映像の関係性について、この映画は独特の視座を与えてくれる。しかし、そのこだわりによって映画はすごくせせこましいものになっている。音が過剰に映像を支配してしまっているのだ。それは上等なミュージカル映画が、物語世界を圧倒的な自由さをもって飛躍させるのとは真逆の現象である。そもそもこの映画は物語に重きが置かれていない。たとえばダイナーに四人が集まったシーンのような、おもしろいセッティング自体がほとんどない。物語があるのではなく、音楽があり、カーアクションがあり、銃撃戦があり、ラブロマンスがあるのだ。この映画の音楽を好きであり、音楽の使い方をカッコいいと思えたなら、この映画は悪いものではないだろう。逆に音楽に乗れなかったり、音楽が邪魔だったりしたら、映画もダメだろう。この音楽のセンスと使い方を微妙だと感じたならば、映画も微妙だと感じるのではないだろうか。それくらい、この映画では音楽が映画自体に対して挑発的に介入している。90点。