マリアンヌ

ロバート・ゼメキス、2016。サスペンスが飽きることなく発生し継続しつづける。そこには常にマリオン・コティヤールがいるのだから、その時点でこの映画は見る価値ありといってもいい。あら捜しをすると問題だらけの脚本や演出ではあるのだが、それを補って余りある「疑惑」がこの映画にはある。疑いの目でコティヤールを見るよろこび、そして疑わしいところを見せないコティヤール。見ているだけでドキドキしてしまう展開だ。ナチを欺くカサブランカのシーンから、見られるスリル満載なのだが、そこはまだまだ序盤。ゆえにド派手なショータイムとなる。コティヤールがマシンガンをぶっ放すその振動が忘れられない。そしてカーセックスの砂嵐とカメラワークによってふたりは大胆に結びつく。イギリスに舞台を移すとブラッド・ピットの独壇場だ。コティヤールへの疑惑が軍によって解明されるまでの72時間、ブラッド・ピットは単独で行動しまくる。その姿は彼の生き様としてすごく合点がいく。ブラッド・ピットのこころは常にコティヤールとの出会いのシーンの主観ショット状態だ。まだ振り向いてはいない。そして振り向いたとき、ブラッド・ピットが化学式を書いたように、美しいピアノの旋律が聴こえれば、とても感動的なシーンとなっただろう。しかし、この脚本ではそういう展開にはならない。ならばそれより強烈な感動を期待すると、ドラマチックにして壮絶なラストしか思い浮かばない。結局、ラストの逃走劇は凡庸な展開となり、それが凡庸に描かれている。でも、コティヤールって足を洗えなかったヤクザみたいなものだから、らしい結末といえるのかもしれない。95点。