映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ

石井裕也、2017。冒頭からテンポがよくかなりいい調子で展開される。スローモーション、ナレーション、音をブチッと切ったりするのも効果的だ。ふたりの主人公が紹介される導入部はエレガントだった。でも良い印象はここからガクンと悪くなる。ペースを落として物語が展開されるのかと思いきや、この映画はペースを落とさない。東京生き苦しい東京息苦しい、金銭貧しい心も貧しいと、たて続けに物が語られるそのスピードについていけない。不器用な人間を描く器用さがなく、不器用な人間を魅力的であると感じることができない。良い例としては、最初のデートでしゃべれと言われた池松壮亮はしゃべらず、石橋静河が空回りすることで、デート前のふたりのキャラクターが見事に逆転あるいは同列になる。その展開は素晴らしかった。しかし、物語は他の男女関係が入り込み、そのあたりから愛だ死だ幸せだと台詞がうるさくなる。まだ愛しているとか、愛していたとか、では愛とはなにかとか、愛することに意味はあるのかとか、そっち方面に台詞は進む。愛を死に置き換えても語られる。でも結局は、よくあるカップルのようにふたりは結ばれる。これが解せない。この映画は不器用人間賛歌の側面が少なからずあると思う。ぶつかりもがき苦しんで、泥まみれのなかふたりが同じ夜空を見ていればそれで十分ではないか。これではクセのある人間のクセを強調した恋愛映画だ。パリが舞台のフランス映画なら、この手の言語処理に長けた人や言語が生きる路地も多いからもっとよくなる気がする。タイトルに「映画」とついているが、慣例から逸脱しておりとても不気味だ。90点。