ヒッチコックのゆすり

アルフレッド・ヒッチコック、1929。英国初のトーキー映画。映画の序盤はサイレントになっていて、徐々に物音が入り、台詞が入りトーキーになるのだが、やはりサイレントらしい演出は多々見られる。物語の完成度はそれほど高くはない。だから最初は、1931年の日本初のトーキー映画『マダムと女房』のほうが断然素敵だなあなんて思いながら見ていたのだが甘かった。ヒッチコックの演出が冴え渡り出したらもうお手上げだ。いかにもヒッチコックらしい、影とカーテンを使った見せない刺殺シーンはやはりすごい。そして手がポロンと垂れる映像が立て続けにあらわれ、そのイメージがのちにナイフを連呼するおばさんへと変化する。サイレントからトーキーへと強迫観念がリレーされるのだ。この異常なるナイフの声の演出は、ゴダール的リミックスに近いものがあり、ヒッチコックがトーキーの音と言葉の可能性を、この時点ですでに高い次元まで引き上げているのがわかる。とにかく劇中にアイデアがゴロゴロ転がっており、ヒッチコックはカメオ出演しているのだが、していなくてもヒッチコックの映画にしか見えないというのはすごい。間違えられた男として登場するゆすり屋の逃亡劇も見事だ。執拗なまでにクロスカッティングされるゆすり屋と刺殺女がただならぬ雰囲気を演出し、実際にただならぬことが起きる。しかし、ラストはあまりおもしろくない。とにかく明確なアンハッピーエンドか、ゆすり屋の悲劇とハッピーエンドがほしかった。それが、とてもハッピーエンドとは言い難いハッピーエンドになっている。95点。