サボタージュ

アルフレッド・ヒッチコック、1936。恋愛映画としてはバカ映画並ともいえるが、恋愛なんて装置でしかないんだといわんばかりにヒッチコック節が炸裂しまくる。この映画では、登場人物の持つ情報と、見る者の全知の情報とのズレが、ときにはサスペンスを生み、ときには残酷さをひときわ強調する。その最たる例が爆弾抱えてロンドンぶらり旅をするシルヴィア・シドニーの弟だ。弟が爆死した直後に笑顔で談笑する家族が映し出されるが、これも全知であるがゆえの無情な宿命が見る者には与えられる。そしてシルヴィア・シドニーが夫の犯行を知ったときに畳み掛けられるズレ。それはスクリーンに映るアニメの死であり、弟の分も食事の用意ができているという情報のズレである。そして夫を刺殺した直後に刑事から告白されるという情報のズレ。これがもし、恋愛映画として成り立っている映画であれば、とても悲しいシーンになっていたことだろう。そして最後に見せるズレによって夫は二度死ぬ。弟の死ではあれほど華麗にぶっ倒れたシルヴィア・シドニーだが、夫殺しでは無情に映画が終わるだけだ。刺殺シーンは手の演出をはじめ、緊張感みなぎる演出が見事だ。そのうえほとんどの演出がわかりやすく効果的にシーンに反映されている。自ずと見る者はシルヴィア・シドニーとの同化をうながされ、殺意と不意のあいだで、殺してしまった、という微妙なニュアンスまでもが的確に描写される。冒頭の言葉の連呼や、死んだ弟が出現しまくる演出など、すばやい演出が要所要所で見られ映画を引き締めている。弟の死がハイライトになっていればダメ映画なのだが、そのあとがよかった。90点。