孤独な場所で

ニコラス・レイ、1950。この映画はメロドラマなのかフィルム・ノワールなのか最初はわからない。なにせハンフリー・ボガートは脚本家であり容疑者である。となると当然のことながら探偵のような役割も演じる。そして謎の女グロリア・グレアムの登場は明らかにファム・ファタールであるように見える。それでいて物語は犯人探しにあまり執着しない。描かれるのはラブロマンスであり、それがスムーズに進まないのは、ボギーの度が過ぎる癇癪持ちが原因である。その癇癪持ちと殺人容疑が女のなかでは完全に分離できない。昔ながらの友人たちは年月の長さや付き合いの浅さなどから分離が容易なのだ。女は男と短く深い関係ゆえに疑念を払拭できない。ボギーは女の気持ちを理解して自らの潔白を証明しようとするような男ではない。恋する女へ猛然とアタックするのみだ。デビュー作『夜の人々』と同様に、この映画もエモーションにあふれまくっている。それは端的には台詞の発せられ方にあらわれている。さらにはカメラの動きやカットもエモーションが動機づけになっいるように見える。だから裸でぶつかり合うようなゴツゴツとしたニコラス・レイらしい映画になっている。女は逃走を企てるがそれがバレる。そこに犯人逮捕の知らせがある。物語は犯人探しに執着していないし、犯人はどうでもいいヤツだ。しかし、犯人逮捕のタイミングがふたりの人生を狂わせることになる。その説得力たるやすさまじい。ただ見方が悪いのか、グロリア・グレアムのファム・ファタール疑惑が随分と尾を引いてしまい物語のバランスが悪くなってしまった。95点。