ディストラクション・ベイビーズ

真利子哲也、2016。『NINIFUNI』では、死者とアイドルの、近くて遠い絶望的な距離が描かれていた。この映画でも社会的な生命力と社会からはみ出た生命力を対照させて描いている。港の向こう側とこちら側は、冒頭で提示され、終盤でふたたび提示される。冒頭では明確に示された兄弟の差異は、終盤ではフードによって隠される。それは社会というラインの曖昧さをほのめかす。実際兄弟はどちらがどちらでもおかしくはない。この常識からかけ離れまくった映画を見てもなお、兄弟の判別がつかないという曖昧さが、社会からはみ出ることの容易さを物語っている。しかしどうにも釈然としないのは、ふたりの男女、菅田将暉と小松菜奈の描かれ方だ。菅田将暉が女性に暴力を振るいまくるシーンの唐突さは理解ができない。社会からはみ出すことを大胆にやってのけているように見える。それはこの映画のテーマからはズレているように思える。小松菜奈のキャラクターは女性を象徴させすぎてしまっている。そして、そんな3人の逃避行がおもしろくないのだから致命的だ。柳楽優弥は前半で出番を終えてしまったようだ。だから逃避行のなかで、変化するキャラクターである菅田将暉と小松菜奈と、不変のキャラクターである柳楽優弥との関係性のドラマが見えない。後半の逃避行はエピソードとしても描かれ方も面白味に欠ける。追跡するカメラや、傍観するカメラは素晴らしい。手持ちカメラでざわめきを表現したりはしないし、カットをむやみに割って活劇を演出したりはしない。だからこそ柳楽優弥が振り返るだけでそれが一番暴力的な描写になったりするのだ。90点。