結婚哲学

エルンスト・ルビッチ、1924。サイレント映画でカメラは固定となると、演出の選択肢が限られるがゆえに、そのなかでいかに効果的な演出がなされているのかがよくわかる。フレーミングの意図やショットをカットする意図を、見ていながらリアルタイムで考えて理解し、その細やかな演出プランに感動することができる。トーキーで字幕が常に表示され、カメラも動きまくるようだと、その演出の全貌を把握するのは困難極まりない。だから映画の演出を楽しむにはもっとサイレント映画を見たほうがいいのかもしれない。先日見た『街角』でも見られたショットやカット、人物の配置や動きの正しさは、やはりサイレントを経験した監督ならではのものだと確信した。この映画も極めて正しい演出スタイルと撮影スタイルで構成されている。しかしながら、随所で見られる際立った演出には、ルビッチ・タッチと呼ばれる、ルビッチならではのものがある。台詞に字幕を入れずに省略し、メモを有効利用したり、扉を効果的に使いまくったり、冒頭からつながる足のショット、ショットが語る暗示、サイレントなのに音の演出も巧みだ。演者ではマリー・プレヴォーの爆弾娘ならぬ爆弾嫁っぷりが見事だ。そしてそれを取り巻く計5人の男女の、入り組んだ恋にまつわる誤解の物語が秀逸なのはいうまでもない。コメディなのだが爆笑するようなものではなく、いま見ると可笑しな世界の可笑しな人達といった感じだ。いま映画を見る上で、主に字幕が厄介なのだが、いかに情報過多のなかで情報を受け取り損ね、映画の楽しみを取り逃がしているか、この映画を見て痛感した。100点。