モラン神父

ジャン=ピエール・メルヴィル、1961。この映画は台詞やナレーションが多く、さらにはキリスト教的な台詞もかなりあるため、フランス語もキリスト教もダメとなるとハードルが高い。でもそんなことお構いなしに素晴らしい映画だとすぐにわかってしまう。メルヴィルらしい演出は随所に見られるし、簡素で無駄のない映像美学もメルヴィル的だ。アンリ・ドカエの鮮やかなコントラストを見せるモノクロ撮影、無駄にショットをカットしない撮影はひとつの到達点ともいえる出来だ。エマニュエル・リヴァがモラン神父ことジャン=ポール・ベルモンドと教会で出会うシーンが素晴らしい。教会でのふたりをカメラはロングショットでしか撮らない。ふたりが告解室にはいるとカメラはショットをカットしないような演出でリヴァのクローズアップにいたる。教会と告解室の強烈な距離の演出がふたりの出会いを決定づける。ここでカメラはイマジナリーラインを超える。この演出はリヴァがベルモンドに愛の告白をするシーンで反復される。ベルモンドが動かない以上リヴァは報われない。そしてベルモンドは動かない。ベルモンドの内面は描かれることはない。しかし厳格な堅物の聖職者などでは決してない。しかし動かないのがわかる。内面の描かれない人物が見事に描かれているのは、脚本演出演技のなせる技だろう。この映画は3時間超の作品だったのをメルヴィル自身が2時間にしている。そのためシーンがワンショット、ワン台詞だったりすることも多い。それがナレーションによる回想という形式から連想されるフラッシュバック的な効果を生み出していておもしろい。95点。