パリ、テキサス

ヴィム・ヴェンダース、1984。四半世紀前に見たときは衝撃的だった。芸術的な映画なのにわかりやすくて超カッコいい。ロビー・ミューラーの撮影、ハリー・ディーン・スタントンの佇まい、マジックミラーの衝撃など、とにかくカッコいい映画として記憶に残っている。しかし、四半世紀ぶりに見ると印象がかなり異なる。男女の性という埋められない溝や、子が母を探す旅が、スタントンの両親と息子という三世代の類似と反復を用いながら、平行性をもって語られている。スタントンが息子を連れてスターシャ・キンスキーに会いにゆく意味は、スタントンがパリを目指す意味と類似する。スタントンは両親の初セックスの地であるパリを目指してさまよう。パリはルーツであり母なる大地として提示される。息子を母親に会わせる意味はスタントン自身が身をもって示しているのだ。一方スタントン自身は父との類似、及び過去の自分との類似の反復、それにヴェンダース的な男女の性の埋まらない溝によってキンスキーと息子との家族という幻想が絶望に終わることをわかっていながら会う。男女の溝は端的にマジックミラーによって提示される。最後に母子は会いスタントンは去る。このシーンは緑色がとりわけ強調される。しかし映画はそこで終わらずスタントンを追って終わる。ここでの色のモチーフは散々使われてきた赤と青のアメリカカラーだ。映画はロビー・ミューラーの静かなるカメラに音と音楽が絶妙に絡み合いカメラ自体が物語を語っている。映像で語るということはこの映画の場合アメリカを語ることに等しい。そこにはアメリカの歴史などが複雑に絡んでおり今回は深入りを避けた。100点。