黒衣の刺客

ホウ・シャオシエン、2015。物語の詳細がよくわからない。そもそもそれを説明しようという意志をあまり感じない。登場人物もほとんどアップがなく、誰が誰だかわからない。そんななか刺客のスー・チーの存在だけは見事に描かれ、スー・チーの物語はちゃんとわかるようになっている。スー・チーは政治に翻弄され道士に育てられ刺客となる。そして故郷のボスを殺せとの命が下る。この時点でスー・チーは故郷を失うことになる。そんな女の魂のうつろいがアクションシーンを含めミニマルに語られてゆく。スー・チーは情を捨てきれず命令に背く。これはとても女性的に見える。男性が負う宿命や性や暴力性とは対照的である。そのことがこの映画をより美しくしている。リー・ピンビンのカメラの美しさが尋常ではない。ボスとボス妻のいる部屋をベール越しに撮りながらじわりじわりと動いてゆくのだが、そのあいだ身動きが取れなくなってしまった。ろうそくの炎や煙やカーテンや衣装が風などによってゆらいでいる。人物がいてそれを超ロングショットで撮りながらじわりじわりと寄ったり揺れたりする。それらの微妙な動きをカメラは繊細にとらえる。自然の描写もすさまじい。殺せんかったと道士に報告するシーンがすさまじい。ここでの自然は自然を超越している。美しすぎる山のショットではじまり、ふたつある山のうち背景の山が煙によって消えてゆく。そこにスー・チーと道士の色の対比があり、消える山はその別れを示唆している。それを人間は小さいまま超スーパーロングショットでとらえるのだ。音の設計も映像設計と同様に素晴らしく、映画によい影響を及ぼしている。95点。