エッセンシャル・キリング

イエジー・スコリモフスキ、2010。これは本来あるべきものがない人を追ったさすらいの記録である。時空間と脳みそが挟み撃ちにあって行く宛もない魂のようなものが、ただひたすらに欲望(食欲)のみによって動いていく物語。この映画はもちろんアメリカとロシアにハックされたアフガンのアフガン人を描いているし、それはキリスト教にハックされたイスラム教徒と同じことである。そしてこの映画では過去と未来すらも挟み撃ちにしている。フラッシュバックとフラッシュフォワードが同時に使われるのだ。過去も未来もない行く宛もなければ信じるものまでなくなりつつある状況下のヴィンセント・ギャロが台詞もなく雪の中を彷徨う。スコリモフスキは欲を貪欲にフォローする監督といっていいだろう。復帰作『アンナと過ごした4日間』とこの映画の構造はよく似ている。禁欲主義でもないのに禁欲状況におかれた男が欲を満たすために行動する。それが反復されるうちにその対照がある種抽象的な存在になってゆく。抽象的になにかを暗示している部分も少なからずあるのだが、それよりもこの映画での抽象性とはスイートな観念世界というような美しいイメージだ。それが『アンナと過ごした4日間』と、この映画のラストシーンで見られる。明らかに雰囲気諸々変化するラストの感じは、神聖というよりはスイートだ。この映画の場合、ギャロになにをさせるかというのが映画の本質になるのだが、乳を吸い出したときにはもうスイートモードに突入している。暗示に頭を巡らすよりもスイートかどうかでとらえたほうがスコリモフスキらしさはわかりやすい。90点。