オズの魔法使

ヴィクター・フレミング、1939。この映画は、映画の教科書のような本に出ていてすごく参考になった。参考になったのは映画形式の原則である類似、反復、平行性、差異、対照といった言葉の使い方だ。それらは例えばブレッソンの映画に当てはめることもできたし、それらを意図的に演出しようとする作品も多くあった。反復とは、台詞から歌からセットまで、見る者が同じのもを見聞きしたことがある場合それがなにを意味しているのか考える手立てとなる。類似は反復とセットで使われることが多い。この映画でいえばカンサスの農夫たちと、かかし、ブリキ男、ライオンが類似の関係にあり反復されている。そして現実世界とオズの世界は別世界であるがゆえにそれらは平行性を持っている。平行性はふたつ以上の要素を比較する手がかりとなる。ある要素とある要素が平行の関係にあることを見つけることで、映画のおもしろさは何倍にも広がった。差異はこの映画のオープニングとエンディングを比較するとよく分かる。エンディングになぜあそこまで人が必要なのか。冒頭ではドロシーが教授を訪ねるが、終盤では教授がドロシーを訪ねる。その差異はドロシーのベクトルにある。統一性、不統一性も上げなければこの映画は終わらない。この映画は見事に統一性のとれた映画である。しかしガウチ女史の扱いに関しては不統一なままだ。ガウチ女史の問題を描かなくて済んだのは、ガウチ女史に相当する魔女がオズの世界で登場しまくり挙句殺されており、現実世界の彼女を見たいと期待しないからである。この映画で映画を知った部分は大きいのだが作品としての評価はまた別である。95点。