散り行く花

D・W・グリフィス、1919。この映画は無垢な少女リリアン・ギッシュが壮絶なDVによって惨殺される映画である。ただ、この映画の原題は『Broken Blossoms』であり、散り行くのは、花ではなく花々なのだ。この映画の花々とはギッシュとボクサーの父と中国人だ。ギッシュを中心に据えながら、あくまでも三人の悲劇として物語は成り立っている。三者が絡み合いながら全員が堕ちてゆく。その三者三様の悲劇はドラマとしてたいへん美しい。ボクサーは酒と暴力以外に何も描かれない。彼は中国の師匠の言う「野蛮で横柄な西洋人」のカリカチュアとして描かれる。ボクサーは排外主義者としても描かれており、中国人と強烈に対照させている。ギッシュはボクサーにとっては暴力のはけ口であり、中国人にとっては理想の女性だ。この圧倒的な対照がありながらもギッシュが中国人に向かうことはない。ここでほのめかされるのは、ボクサーの暴力を中国人が止められなかったということだ。中国人はそれを止めるために英国にきたのだから。そして暴力という犯罪行為に対して、移民には平等な権利など現代においても存在しないということだ。中国人の描かれ方はよくあるヘンテコオリエンタリズムがなく素晴らしい。時間がゆっくりと流れてゆき映画に静けさをもたらしている。何ら非のないギッシュと中国人の物語には、野蛮で圧倒的な暴力が直接介入する。これは現在進行系の紛争地でいくらでも転がっているストーリーだろう。この映画のギッシュの笑顔は普遍的な映画のモチーフだ。そして三人の悲劇の物語もまた普遍的なモチーフとして現在でもなお有効である。95点。