家族の灯り

マノエル・ド・オリヴェイラ、2012。一見すると家族は父を中心として思いやりのある善人たちであるように見える。対照的に、家を出ていった息子は家族を崩壊させ、悪に手を染めた人間のように見える。そして息子が8年ぶりに帰宅したことでその構図は変化する。その兆しは十分に提示されている。父は母を思うがゆえに母に真実を伝えない。ドアの向こうに隠された存在としての母がいる。これを監禁とするならば、父は息子の嫁を軟禁している。息子の帰宅によって息子の口から父の生き方そのものが否定される。父はそれをわかっている。だから父は息子を恐れている。しかし変えられないこともわかっているのだ。でも果たして本当に変えられないのだろうか。それは息子がいなくなってからも義理の娘に変化を求められることでも明白なように、変えられるのだ。そんななかで起こるラストシーンは辛辣だ。繰り返されてきた真実からの逃避や、良かれと思い結果的に家族を影へと追いやってきた日常が劇的な形で反復される。この映画は影を扱う映画だ。恐怖から作られる幻想としての影。息子における影はリアリスティックな影だ。そして父における影は息子の存在であり欺瞞という義務を果たすことである。家と部屋も影を象徴している。牢屋の鉄格子のあいだから呼吸をするという話を息子はする。そして家の窓を開けて呼吸をする。牢屋と家の類似が見られ、父と子は対照として描かれる。この映画はほぼ密室劇である。光や闇や扉や窓や雨の演出が効果的だ。撮影のレナート・ベルタによる絵画のような映像美とフレーミングが、この映画のテクスチャーを決定づけている。95点。