熱波

ミゲル・ゴメス、2012。この映画は深刻な財政危機にある現代のポルトガルと、60年代独裁政権下での植民地アフリカを舞台に語られるメロドラマである。二部構成になっており、第一部が現代ポルトガル、第二部が60年代アフリカになっている。その第一部がよくわからなからない。まず、おばちゃんが度々描かれるのだが、よくわからない。必要性があるから描かれるのだが、必要性が感じられない。そこには見る側の知識不足や映画の説明不足があるのかもしれない。だが説明が不要なのであれば映画は説明不要だと説明する必要があるだろう。映像の力は素晴らしいものがある。そもそも時代設定とはまったく関係のない白黒スタンダードサイズの画面を選択している時点で、映像の力が物を言う映画になるのは必然といえるだろう。わざとらしい作為とカッティングの鮮やかさが同居する第二部への切り替えがあり、台詞はナレーションのみという作為性に満ちた60年代アフリカへと舞台は移行する。ここではロネッツなどの音楽が、声のない時代ゆえに効力を発揮している。音楽は鮮やかなビジュアルイメージを作り出し、時代設定を明確にしている。映画はメロドラマらしくふたりの美しい戯れショットがあれば、悲劇の逃走シーンもある。そこで殺しが発生するとカメラは死体の主観ショットになる。これを期にふたりの境遇が出産などを含めて二分化するのだが、このあたりの描写がメロドラマらしくない。ドラマチックな見せ場を作らないのだ。物語に対して演出技法や撮影技法が邪魔をしており、それぞれの良さが相殺されてしまっている。90点。