ビッグ・リバー

舩橋淳、2006。自然描写が不自然だ。作為性に満ちた色の世界で物語は展開される。このテイストのよくわからなさというのは、例えばバックパッカーのオダギリジョーが何故かオシャレ男だったり、セピア色の西部劇があったり、そういうものと同列にあるのかもしれない。不自然な映画だから不自然でいいのだ。そして、不自然な映画のなかではとても自然でキャッチーな超スーパーロングショットによって、大きな砂漠と小さな人間は度々対照され、大きな場所で小さな物語が語られてゆく。その切り替えであるスーパーロングから人物ショットへの移行は素晴らしい。脚本における三人の出し入れは無駄がなく突拍子もない。不自然な映画らしい不自然さである。ガス欠やタバコを切らすという行為が喪失感や空虚感を暗示させる。ただ不自然なまでにタバコを濫用するわりには、決定的なモチーフにはしていない。不自然な映画だからこそ、三人に明確な暗示や役割が与えられることはない。例えば失った人、失うものがない人、これから失う人のようなものは曖昧だ。アメリカについての言及もそれほど重要な意味をなさない。この映画は音に対して鈍感すぎる。あるいは不自然なまでに音を設計しないことで音楽を強調したのだろうか。短編映画であればこのテイストは魅力的なのかもしれない。B級映画のような構造でもあるのだが、カッコのつけ方がBじゃない。三人の距離感はすごくよかった。ただ、映画としての狙いがことごとく外れているように思えた。でもことごとく当たったという人もいるだろう。結局のところテイストの問題なのかもしれない。85点。