ペコロスの母に会いに行く

森崎東、2013。前作『ニワトリはハダシだ』では圧倒的だった映像のエナジーという意味では、この映画は圧倒的ではない。そもそも映画のジャンルがちがう。それでも熱を帯びたショットが連発され映画はその熱を下げることなく進行する。岩松了とその息子のゆるさや優しさがこの映画のムードを決定づけている。そもそもいわゆる現実的な描写がこの映画にはあまりない。20世紀ノスタルジー全開の現実世界では、認知症の苦労などよりも竹中直人のハゲ描写に時間が割かれる。グループホームはさすがに20世紀ではなく現代のものになっているのだが、ボケ老人と幼稚園児の交錯はスリリングなコメディとして描かれ、厳しい現実などは描かれない。それと対照するような形で、認知症の赤木春恵の記憶の物語が描かれる。記憶の物語はほとんどが死者にまつわる厳しい現実の物語だ。原爆と死の描かれ方からは反戦映画という側面も見えてくる。現実のゆるさと記憶の厳しさは、相互に補完的な関係を見せている。どちらが欠けてもこの映画はダメになってしまうだろう。赤木春恵が映画的なフラッシュバックではなく、現実において死者と交錯する終盤の祭りのシーンは見事だ。祭り自体が非現実を示唆し、森崎得意の人物の動かし方も素晴らしい。そして眼鏡橋で赤木春恵の記憶が現実に流れ出す。その流れを遮ることのない現実からの声の鮮やかさ。美しいとしかいいようがないシーンだ。この映画は、認知症ゆえに強化される死者との記憶の物語と、現実のたおやかな生者の物語とが、赤木春恵を媒介として対照や類似や反復を見せながらファンタスティックに描かれている。95点。