殺されたミンジュ

キム・ギドク、2014。憂国としての韓国が描かれているのだが、憂いているのはもっぱらキム・ギドクである。現状認識の甘さなのか、物語メーカーとしての甘さなのか、得意の突飛な誇張の空回りなのか、この映画はとても時代錯誤な古めかしいテーマを扱い、そうして浮き彫りになるのも想定の範囲内のことでしかない。原題は『一対一』のような感じだから、散々反復される「責任者出せ」とか、「上の命令でやった」とか、そういったものに対する嫌悪があるのかもしれない。ミンジュが殺されるのだが、ミンジュは日本語では民主である。つまり民主主義や民主的な社会が崩壊しているのだ。個の尊厳の喪失よって組織や体制といったものが絶対権力として存在している世界の話なのだ。一人八役のキム・ヨンミンなんかは個の複製であり、個の喪失のモチーフとしての八役という意味もあるのだろう。この映画はチープな予算がウィークポイントになっている。劇画チックなのはキム・ギドクの得意技なのだが、謎の集団のチープな描かれ方は、チープな撮影も手伝って笑えないコメディのようだった。先日見た『嘆きのピエタ』が素晴らしかったから、単純な比較をすると、キム・ギドクはもっと宗教的なモチーフにまみれたほうがおもしろいと思う。そして韓国社会をメッセージとして発信するエネルギーはあってもセンスはないのだ。この映画のメッセージはどれも目新しいものではない。だからこそ映像の凄みが欲しかったのだがそれも欠けていた。90点。