山の音

成瀬巳喜男、1954。川端康成の小説を水木洋子の脚本で成瀬巳喜男が映画化という凄まじいメンツ。水木洋子と成瀬巳喜男はほとんどハズさない人なわけで、この映画もハズレではない映画になっている。登場人物の類似と対照がこれほどまでに入り乱れる映画もあまりない。当時の社会における男女の圧倒的な差異というのはこの映画でも描かれてはいる。しかしそれを抜きにして語れてしまうくらい類似と対照が入り乱れているのだ。山村聰と上原謙の父子にも類似や対照が見られる。原節子と中北千枝子と角梨枝子にも類似や対照が見られる。そして男女の対照ゆえの平行性が見事に悲しく描かれている。同じセリフの反復もあるし、なにより鎌倉の曲がりくねった細い道の反復が素晴らしい。そしてラストシーンの新宿か代々木かあの辺りの広くて美しいシーンがあると、両方がより一層引き立つことになる。この映画を見たのは二度目なのだが、鎌倉の道とラストシーンは印象に残っていた。この映画と『東京物語』の原節子に見られる類似と対照もおもしろい。部外者としての類似がある一方で、堕胎という決定的な対照によって強い意志を見せる。この悲しき強い意志はさらなる類似や対照を見せるのだが、この映画の登場人物はみんな悲しい。どこか傷んでいるのだ。そして山村聰と原節子の悲しさに見えるプラトニックラブな関係性もまた、類似と対照が入り乱れている。分かり合える友人のようでありながら犯罪者と被害者のような関係でもあるのだ。原作は知らないが水木洋子は原節子の物語として大胆に脚色したらしい。撮影もおもしろくて、この時期の日本映画は常識を逸脱する撮り方をよくやる。95点。