愛の勝利を ムッソリーニを愛した女

マルコ・ベロッキオ、2009。驚きの映像てんこ盛り状態で役者もこれまたすんごいのが出ている。この映画はムッソリーニの最初の妻とされるイーダ・ダルセルとムッソリーニ、その息子の三者の離散に端を発する、主にイーダの執念の愛やらなんやら正しいものを証明しようとするパワーが映画の原動力となっている。イーダはレジスタンスの闘士のようだった。おもしろいのは三人が別れてからムッソリーニは実際のフィルムアーカイヴとしてしか登場せず、イーダは精神病院に追いやられ、息子はのちに大きくなると若かりしムッソリーニを演じたフィリッポ・ティーミが大人になった息子を演じている。イーダははじめはムッソリーニを求めるのだが次第に息子を求めるようになる。それはどちらにしてもフィリッポ・ティーミを求めるジョヴァンナ・メッゾジョルノという構図になる。メッゾジョルノが精神病院に追いやられても決して負けない女であるのに対して、ティーミは完全にイッちゃってて躁鬱か躁病わからないが、ふたつのシーンだけでビシッと決めるこの迫力。ムッソリーニ正伝といいたくなるようなこのティーミの親と子の演技は凄まじかった。それでもメッゾジョルノの突破力は凄まじい。その美しい容姿がアップになったときの視線の鋭さたるや男では真似できないだろう。映画はものすごい煙を出したり、ものすごい雨を降らせたり、アーカイブ映像に加えて実際の映画も流れる。映画内映画は映画を確実に揺り動かしている。芸術性の凄まじさは決闘シーンの煙や、精神病棟の網を登る反復におけるメッゾジョルノの強度に伴う映像の強度、雪がもう凄かった。100点。