カミュなんて知らない

柳町光男、2005。たとえ優雅な舞いを見せていたとしても、舞台から落ちてしまえばそれまでだ。そしてその境目は明確なのだが舞っているうちは曖昧なのだ。曖昧であるがゆえに人は舞台から落ちる。そんな人たちがこの映画では描かれている。この映画は映画へのオマージュがいたるところにある。それを実況中継するように参照元を提示してゆく。そのような映画との戯れは映画と映画内映画との戯れへと終盤になって大いに飛躍する。見事に主役が不在の群像劇となっており、大学というカオスな空間が映画の設計と深く関わっている。個人的に素晴らしいと思ったカットがある。『ベニスに死す』の教授は鏡の前で酒を吐く。黒木メイサにあんなこと言われたんだからそりゃ吐く。そして屋上の吉川ひなののショットにカットされる。教授と陽光と風を浴びた美しい吉川ひなのは見事な対照を見せている。しかしこのふたりはこの映画で一番類似した関係にあるというのもおもしろい。さんざん見られる撮影技法の素晴らしさは、ほとんどが大学構内の撮影ということや、象徴的に性が描かれることなどもあって、まるでヨーロッパの映画のような佇まいがあった。風の演出が特に際立っていた。あざとさを超える方法なんて知らないのだが、この映画はあざとさを超えていたような気がする。やや退屈する時間があり、脚本にもっと推進力がほしかった。ラストは常套手段ではあるのだが、映画と映画内映画の混在が見事な遊戯を奏でる。中泉英雄の中性的な魅力は素晴らしかった。100点。