ジャズ大名

岡本喜八、1986。映画は開始から20分くらいすると、舞台のほとんどが城のなかになる。そこからこの映画はとてもおもしろくなる。黒人たちがジャズをもたらしナンセンスとなるのだが、この映画はジャズがなくてもかなりナンセンスな城があり、かなりナンセンスな古谷一行がいる。古谷は本当に素晴らしく映画の雰囲気と古谷の雰囲気が見事に一致していた。映画がナンセンスを爆発させる前にすでに古谷だけはナンセンスの世界にいるのだ。城の通路が印象的であり強調もされるのだが、ナンセンス爆発となるのは通路の拡張によってである。殺伐とした俗世をよそに地下へ潜る人々。その上と下の差異によってカオスは一層引き立ってくる。薩長も幕府もどこ吹く風の対応を古谷ははじめからしているのだが、後半には城の上と下で二重にそれが強調され、「ええじゃないか」と共振するような熱狂のジャズ大名と化す。この映画の素晴らしさは、城の下の「ええじゃないか」的なジャズの狂乱のカオスの見てくれを含む立体感と、理路整然とした城の上の拡張された平面の対照にある。平面と立体、移動と固定、あるいは横移動と縦移動。この映画では十字がモチーフとして使われるのだが、宗教的には使われず左右や上下の関係性の象徴として機能している。ふすまを開けて進んでゆく反復もナンセンスで映画的で楽しいものだった。この映画は最後までナンセンスであり続ける。城の下でのジャズは鳴り止まないのだ。この映画は岡本喜八の代表作とはいえないと思うのだが、散々見てきた岡本喜八の多様性をまたも見せつけられた。95点。