キング・オブ・コメディ

マーティン・スコセッシ、1983。アメリカ人が大好きな名声なるものを風刺しながらも、この映画はリアルとファンタジーを曖昧にしながら物語を巧みに操ってゆく。脚本上のそうした特徴は音や編集などの映画技法によって緻密にコントロールされている。この映画は最初のファンタジーから、どこかわからないが最後のファンタジーまでのあいだに、どんどんリアルとの境界線がなくなってゆく。そのような映画の構造は、デ・ニーロがファンタジーへと埋没してゆく過程を見ることに等しい。デ・ニーロはとても不器用で偏執的な人物であり、ちょっとした躁状態のままだ。どん底から名声を得るまでが描かれる映画において、この変化に乏しいキャラクターは重要である。それによってファンタジーはリアルに、リアルはファンタジーへと近づき、ますます境界が曖昧になるのだ。デ・ニーロが変化に乏しくある意味普通でいられたのはサンドラ・バーンハードのおかげだ。彼女のイカれたキャラクターは完全にデ・ニーロを凌駕していた。だからこそ誘拐シーンは凡庸に演出できたのだし、その後の家のシーンは過度な演出にはならずに済んだ。デ・ニーロがテレビに出たあたりからは、もうリアルとファンタジーは曖昧になりすぎてどちらでもよくなっている。リアルである証拠をあげればファンタジーである証拠もあげられる。ファンタジーに埋没してゆくデ・ニーロという映画全体の流れから見ると、終盤はデ・ニーロ自身のリアルが照射されたともいえる。しかし最後の最後に映画はそこからも突き放す。デ・ニーロもスコセッシも厄介なのだが、サンドラ・バーンハードは最高だった。95点。