パーティで女の子に話しかけるには

ジョン・キャメロン・ミッチェル、2017。青春恋愛映画としてはかなり素敵な映画だ。パンクの精神がいたるところに散りばめられている。しかしパンクを平然と体現する、または超越する存在としてのエル・ファニングがとてつもなく素晴らしかった。序盤でエル・ファニングがパンクを体現してしまうからこそ、この映画はパンクカルチャーの呪縛から自由でいられるのだ。ライブハウスとかニコール・キッドマンなんかは全然パンクらしくないんだけど、そういう部分をちゃんとパンクにしていなくてもいいような作りになっている。さすがにライブハウスの音楽はどうかと思うのだが。この映画はパンクの再現にはあまり執着しない。青春SF恋愛映画に執着している。異性が異星人エル・ファニングであることと、女ってよくわかんないという若年男子の感覚が、とても自然な形で融合されることで強調されているのだ。タイムリミットも若さをパッケージングした恋物語として有効に機能していて、だから終盤の無人ショットは本当にはかない夢を見ていたかのような気分にさせられる。ただエル・ファニング以外に際立ったものはあまりないのもたしかである。パンクス映画としての体裁はエル・ファニングがすべて整えるのだが、宇宙人を含め、はみ出し者たちのアティチュードの描かれ方としては不器用さがあった。それ以外の部分はただ楽しい映画を作りたいという意思だけは伝わってきた。それにしても、男目線で見たときに、若い女のわからなさをこれほど体現したエル・ファニングのわからなさというのは実に見事なもので、役柄と演技と演出がピッタリとハマっていた。90点。