南瓜とマヨネーズ

冨永昌敬、2017。序盤の風俗や光石研のくだりは、前時代的な光景に思えて辟易しながら見ていたのだが、そこで期待薄になったせいかオダギリジョーが登場するあたりからの展開があまりにもおもしろくて感動してしまった。この映画は現代若者映画によく見受けられる、厳しい現実生きてます、ささやかな希望もありません、もしくはささやかな希望がありました、というような映画ではまったくない。とても興味深い男女の生き様や恋愛模様が素晴らしい脚本と演出によって描かれているのだ。画面に見えないものがとても見事に演出されている。オフフレームの使い方や障害物の配置、さらには被写界深度を巧みに操りながら画面の中と外で見えないものが演出される。カメラアングルも見えるものを限定するのに効果的に使われている。電球色の照明であったり茶色の家具のようなビンテージな世界観も映画全体に貫かれている。この映画は音楽モノともいえる映画なのだが、その音楽の少なさや音響の敏感さは特筆すべきだろう。フラッシュバックにおける音響的音楽の使い方やシャワー、水道、川などの水の音も際立っている。この映画は台詞の音が都市の喧騒とは別の位置にある。どこにいても登場人物の台詞は耳元でささやくように聞こえる。音楽のように耳元で心地よく鳴り響くのだ。アパートで4人が交錯するシーンがおもしろい。このシーンを笑えるのが臼田あさ美であり、その人物造形が物語をとても豊かなものにしている。オダギリジョーは男でも惚れてしまうような、一晩だけでもいいような、そんな気がした。100点。