不完全なふたり

諏訪敦彦、2005。ふたりでいることの難しさ、ひとりでいることの孤独。そうしたものがこの映画では台詞やドラマチックな演出ではなく、ふたりにただじっと寄り添いながら言葉少なに語られてゆく。固定カメラによる長回しがこの映画の基本スタイルである。しかしこの撮影技法が最も有効に機能するのは、基本スタイルが破られたときだ。手持ちの超クローズアップや、会話におけるカットバック、時間経過を省略する編集などは、基本スタイルがあるからこそ強調されることになる。それが演出として見事にハマっている。映画はホテルの部屋の構造を巧みに利用している。離婚しようとする夫婦は簡易ベッドを用意してもらい別々の部屋で寝る。その部屋を隔てるのがおそらくロダンの「地獄の門」をモチーフとした扉である。扉は開かれたり閉じられたり半開きになったりする。夫婦の状況も扉を介して語られてゆく。ヴァレリア・ブルーニ・テデスキが部屋を変えると扉はなくなる。ベッドもひとつになる。ふたりの関係にも変化が起こる。ここでもロダンの「永遠の偶像」がモチーフとして使われている。「永遠の偶像」はテデスキがロダン美術館で見ていたものだ。ガイドの説明は「天国も地獄も近くて遠い」みたいなことを言う。ふたりが「永遠の偶像」を演じているとき、ふたりの状況は幸福でも不幸でもない。この関係性を見事に作り上げる手腕には脱帽するしかない。そしてラストで見せる優しさ。この映画は人物に対する優しい眼差しに満ちている。撮影スタイルの都合上、一見冷淡に見えるのだが常に優しいのだ。退屈すぎる長回しもあるにはあったが素晴らしい映画だった。95点。