倫敦から来た男

タル・ベーラ、フラニツキー・アーグネシュ、2007。音楽でいえばアンビエントにインダストリアルをまぶした感じとでもいえばいいだろうか。どちらの音楽もまるでわからないから、この映画もまるでわからなかった。ゆっくりとした長回しは例えばロシアの長回しの名手のような驚きはまるでなく、カットしてつまんでしまえと思ってしまった。ただこの映画にとって時間というものはとても重要で、その時間は劇場で見る時間として認識するのが正しいと思う。それに窓が大量に登場するのだが、これは劇場におけるスクリーンの役割を果たしている。だからテレビでは自分の時間と映画の時間を合わせるのは困難だし、窓とテレビ画面の関係は窓とスクリーンに比べると格段に落ちる。映像と音声を分けて構築するやり方もハマっていなかった。アテレコやアフレコの不自然さは意図的なのか無頓着なのかまるでわからない。眠りを誘うようなカメラワークと音楽があって、では物語はといえば、こちらもかなり反物語的なものになっている。夜霧や波止場や船や列車や窓や路地や小屋や謎の男や殺人事件や大金など、極めて映画的なモチーフを使いながらも潔癖症のように物語映画になることを避けている。タル・ベーラは他の作品も見たいと思っているのだが、この映画だけ見た印象では、極端さが中途半端であるように思えた。そしてそれが最大の欠点になっている。いずれにせよお気軽に見られる映画ではなかった。90点。