知りすぎていた男

アルフレッド・ヒッチコック、1956。1934年の『暗殺者の家』を自らリメイク。この映画はモロッコとイギリスを舞台としているのだが、舞台によって映画のテイストがかなり異なっている。スクリーン・プロセスを多用しているせいか、モロッコの異質な空間にはちょっと驚かされた。見ているときにはスクリーン・プロセスが邪魔だったのだが、あとから考えればスクリーン・プロセスこそがモロッコを決定づける効果的な演出となっていたように思う。それに比べると、イギリスは普通に撮られているからずいぶん落ち着いた印象がある。ジェームズ・スチュアートとドリス・デイも、息子を誘拐されたままなのだが、家に帰って一安心といったムードが漂ってしまっている。見せ場はアルバート・ホールでのコンサートシーンなのだが、オリジナルを最近見たせいかスリル満点とはいかなかった。でもこのシーンは相変わらず素晴らしいものだった。で、次の見せ場として大使館でのドリス・デイの「ケ・セラ・セラ」となるわけなのだが、このシーンがとてつもなく長く感じてしまった。この映画でもヒッチコックらしい様々な映画技法が炸裂しているのだが、アルバート・ホールでは音楽を利用しているのに対して、大使館のシーンでは音楽に利用されているような印象が残った。大使館のシーンで映画が終わっていたら退屈な映画だと思ったかもしれない。でもラストは品の良さと投げやりさを兼ね備えた見事なものだ。最後まで楽しませてくれるサービス精神旺盛な感じはヒッチコックらしい。もやもやした物足りなさは美人女優がいないからだろう。90点。