日本一のホラ吹き男

古澤憲吾、1964。無責任シリーズの最初の二作が大好きなのだが、あちらの脚本を手がける田波靖男のようなブッ飛んだアナーキーさがこの映画にはない。笠原良三の脚本はかなり現実的だ。しかしそれをアナーキーに仕上げてしまうのが古澤憲吾の力量というものだろう。この映画は映像演出がすごい。特に会話のシーンでは無理やりイマジナリーラインをまたぎまくる。しかしそれをさほど意識させないのは、会話中の人物の移動や、カメラの移動、さらには唐突なローアングルのショットや、会話する部屋の外からのショットなどの撮影演出がてんこ盛りだからだ。それらがゴツゴツとしたうねりを生み出し会話シーンの緊張感を作っている。階段は映像演出としてのみならず、物語の上でも有効に作用している。どこもかしこも階段だらけで植木等の登場シーンも階段だ。しかし明らかなメタファーとして存在する階段ですら軽快に使われまくる。まるでヌーベルバーグのようなフットワークの軽さやチープな作劇は見ていて気持ちがいい。トリッキーなズームアップやズームアウトも印象的だ。物語としては突飛な役者の不在がもったいないような気がした。あの由利徹ですら去勢されたように演じている。この映画は馬鹿炸裂も描いてはいるのだが、やはりサラリーマン喜劇という枠を逸脱せずに描かれている。そのあたりはいま見ると物足りなさを感じてしまう。浜美枝との結婚へと至る唐突な展開はおなじみのものだが、「ニッポン無責任野郎」で見られた団令子との結婚のようなパンクすぎてお手上げという状態にはならない。映像演出は本当に素晴らしかった。95点。