青春残酷物語

大島渚、1960。『世界残酷物語』を見ようとして間違えて見てしまった。若いダメな男女が行き着く先もダメというストーリー。この映画で「松竹ヌーヴェルヴァーグ」という名が生まれたらしいのだが、それすらよくわからないものがあった。やはりこの映画の男女関係は時代性に埋もれてしまうものであるため、五十年以上経過したいま見るのはしんどいものがある。もちろんメッセージ性はわかるのだが、それが切実に響かないのだ。撮影は基本的にはワンシーン・ワンカット。低予算の為か、いそいで撮ったのか、そんな理由だと思われる。それにより飽きさせない展開の早さは生まれていた。しかし更なる効果を生み出しているとはいえない。この出来損ないの作品をもうちょっと見れる作品にするには、桑野みゆきと川津祐介の無軌道性のみに焦点が当てられるとよかったのかもしれない。姉世代の学生運動とかいろんな人物の人生観とか、そういうものはまったく必要ではなかった。ふたりに焦点を当てながら素晴らしいシーンを撮りまくるだけで、ある程度は映画になる。しかし冒頭の海のシーンくらいしか印象に残っていないというのはなんとも寂しい。同じ年の大島渚『日本の夜と霧』には映画に構造的なおもしろさがあったと記憶している。対してこの映画には構造的なおもしろみをあまり感じることができなかった。85点。