紙屋悦子の青春

黒木和雄、2006。太平洋戦争末期の男女の出会いと別れが、回想形式で描かれている。しかしこの回想形式における老いた原田知世と永瀬正敏の夫婦は、回想シーンについて語ることがない。そしてカメラは冒頭の長回しを筆頭に、映画的ではない撮り方でふたりを捉える。そうすることで映画に流れる現在と過去の、時間の感覚がズレて感じられた。回想シーンというよりは時間Aと時間Bというように分離したもののように思えるのだ。しかし当然のことながらAからBまでの時間の流れというものは意識せざるをえないわけで、その表面的には淡白なAからBへの時間の流れがあって、あとは戦争末期のドラマ部分の時間の流れがある。この戦争末期も表面的には淡白なものだ。喜怒哀楽も少なく感情をむき出しにしたりはしないのだ。ほんわか系の方言にリズムをつけて、話される内容もユーモアあふれるものになっている。つまりこの映画は、戦争にまつわる描写をあまりすることのない戦争映画になっているのだ。ロケーションは2つしかない。現代の病院の屋上と、戦争末期の庶民の家だ。この家はプチブルなんじゃないかと思わせるような、生活の困窮をまるで感じさせない家だし、近くに爆弾が投下されることもない。事件らしい事件が起こるわけでもなく、松岡俊介を含めた三人の運命が描かれる。時間の映画としては興味深く見られた。90点。