しゃべれども しゃべれども

平山秀幸、2007。落語を通じて不器用な人間たちの心の交流を描いたドラマ。無駄を削ぎ落とした展開は見ていて飽きることがなかった。しかしそれゆえに人物描写に繊細さがなくゴツゴツしており、物語展開はやや強引である。この映画のテーマとしてまず、しゃべりを主としたディスコミュニケーションというものがあり、それを超越する形で不器用な人間の心の交流というものが描かれているように見える。しかし、この映画はしゃべりのディスコミュニケーションについてはかなり無頓着だ。冒頭の香里奈の途中退席からの落語鑑賞なんて、不器用ではあるがいい感じのコミュニケーションになってしまっている。野球を通じた交流シーンにおいてもしゃべりのディスコミュニケーションは放置される。しゃべりのディスコミュニケーションというテーマがあるからこそ、国分太一と3人組との境界線が生まれ、そして不器用な人間というテーマが浮き彫りになると、境界線がなくなり4人の物語になる。そういうものを描こうとしているように感じたのだが、物足りなさが残った。そうした過程が説得力を持って描かれていないから、唐突に思えるシーンが度々見られた。この映画は、映画の外でいろんなことが起きていることを匂わせるような作りになっている。そこには省略の美学もあるのだが、説明不足という側面もあり、良くも悪くも映画を特徴づける要素となっている。90点。