かくも長き不在

アンリ・コルピ、1960。パリの街角でカフェを営むアリダ・ヴァリの前に、ある日突然ナチスに拉致されて行方不明となっていた夫にそっくりな男、ジョルジュ・ウィルソンがあらわれる。しかしジョルジュ・ウィルソンは記憶喪失でアリダ・ヴァリのことがわからない。この映画の素晴らしさはマルグリット・デュラスとジェラール・ジャルロによる脚本に依るところが大きい。しかし脚本以外のパートも、シンプルでソリッドで無駄がなくいい仕事をしている。あとはアリダ・ヴァリの強烈な顔面も映画に大きな影響を及ぼしている。この映画はドラマチックな進展などはなにもなく、最後は当然のように厳しいエンディングを迎える。アリダ・ヴァリとジョルジュ・ウィルソンのいい感じの交流は描かれているし、楽しげな雰囲気も醸し出したりしている。しかしそれらはすべて悲しみに満ちあふれており、どうしようもない溝がふたりのあいだには存在する。それは記憶喪失によって立ち現れるだけで、本質的にはアリダ・ヴァリがひとり抱える失われた時間への執着である。映画はその時間を匂わせるだけで、時間が戻ることは一切ない。ジョルジュ・ウィルソンが夫なのかどうかはわからないし、ラストでは死んだのかどうかすらもわからない。それでも夫だと信じ、生きていると信じるアリダ・ヴァリ。戦争がもたらす悲劇をひとりの女に落とし込んだ脚本は見事だ。95点。